「翼の王国」人気コラムの裏側にあった著者と「おべんとう」との関係
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
うわさに聞いたときから、興味をもっていた。ANAの機内誌「翼の王国」を、飛行機に乗らないわたしは読んだことがないが、そこで連載されている「おべんとうの時間」がおもしろいそうなのだ。
それは夫婦合作のコラムだ。夫の阿部了が写真撮影、妻の阿部直美が文章担当。ふつうの人のふつうのお弁当を、わざわざ遠くまで取材に行く。こういうモノズキな企画は、書き手の熱意がないと続かない。その熱意の裏側を知りたかった。
やがてこの本に出会い、いろいろなことに合点がいった。著者は、お弁当にまつわる強い感情を持っている。それは、決して明るく楽しい気持ちではない。子ども時代のお弁当の記憶は、家族に対するいらだちや神経がささくれだつような思い出と表裏一体だ。友だちに見せたくないお弁当だってある。
お弁当は、いまやニッポンの美徳のひとつとして世界に発信されている。手間ひまかけたお弁当が神聖視され、手抜き弁当や外注は非難される。愛情の示し方なんて弁当以外に何百通りもあるのに。手作り弁当は欠かさず持たせてくれるがその負担から年中不機嫌な親と、お弁当の中身は買ったものばかりでも、いつも家族を元気づけてくれる明るい親だったら、後者のほうがよほどいい親なのに。
こんなわたしの疑問に、この本は正面から答えてくれた。肉親との家族関係、父親の闘病と死、結婚と育児と仕事、いろいろな人生のステージをすべて語って、著者は自分とお弁当との関係を描ききった。機内誌の取材は、夫婦ふたりではなく幼児も連れての「家族巡業」だったこともこの本で知り、静かに納得した。
この本は、人生を泳ぎ渡るさなかで人が感じること、考えること、忘れないことや新たにおぼえることの忠実な記録である。「おべんとうの時間」が著者をひっぱり、変えていく。読後感はさわやかだ。