日本人はなぜ自虐的になったのか? GHQの心理戦「WGIP」の全貌描く

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江藤淳氏への恩返し

[レビュアー] 有馬哲夫(早稲田大学教授)


連合国軍最高司令官を務めたダグラス・マッカーサー(Army Signal Corps/Public domain/wikimedia)

有馬哲夫・評「江藤淳氏への恩返し」

日本人に罪悪感を植え付け、原爆投下等、アメリカによる戦争犯罪への反発をなくすための心理戦「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」の全貌を明かした『日本人はなぜ自虐的になったのか―占領とWGIP―』が刊行。著者の有馬哲夫さんが自著を語る。

 * * *

 反省とは、自発的にするものだ。そうでなければ、反省とはいえない。しかし、近隣諸国との間の「歴史問題」に関して、日本人の心理的初期設定は「反省モード」になっている。つまり、とりあえず反省から始まるのだ。

 日本人の自虐性の根本にあるのはこのモードである。近隣諸国との間の「歴史問題」に関して毅然とした態度をとれないのもこのためだ。

 これは、日本という国、そして日本人であることを誇れないということにつながっていく。日本と日本人の良さを認めて、近隣諸国を含めて世界中から観光客や留学生が来ているのに、当の日本人は日本および自分をあまりよく思っていない。

 故・江藤淳氏は『閉された言語空間』のなかで、このような心理的初期設定のもとになったものをウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(以下WGIPとする)に求めた。これは、日本人に先の戦争について罪悪感を抱かせるため、新聞記事やラジオ番組などを通じて占領軍が行った心理戦で、極東国際軍事裁判(東京裁判)の判決を受け入れる心理的素地を作ることが目的だった。

 占領軍は、軍事戦が終わったのちも、5大改革という政治戦、WGIPという心理戦を続行していた。心理戦の方は、日本人にアメリカ軍の駐留を受け入れさせるという目的に変えたうえで、別部局によって占領が終わったのちも続けられていた。

 ところで、江藤氏は前述書に「占領軍の検閲と戦後日本」と副題をつけたが、このことが示すように、彼は検閲に重きを置き、WGIPにはあまり紙面を割かなかった。しかし、のちの批評家や研究者が重視したのは、むしろWGIPの方だった。

 近隣諸国との間の「歴史問題」が外交上のネックになり、メディアでも繰り返し取り上げられるにつれ、WGIPの問題性がより強く意識されるようになったからだ。かくして、私もこういった「江藤フォロワー」の一人に加わることになる。

 私は江藤氏とはちょっとした縁がある。1992年にフルブライト上級研究員プログラムに応募したとき最終面接にあたったのが江藤氏だった。そのとき第一次資料なども読んでみたいといった記憶がある。私はめでたくこの面接にパスし、アメリカに渡り、アメリカ第2国立公文書館で占領軍文書などを読むことになった。以来、20年以上にわたって、この施設をおとずれては、第一次資料を収集し、日本の戦後史に関する本を書き続けている。

 本書では、江藤氏があまり意識していなかった心理戦としてのWGIPとそれが戦後の日本のメディアに与えた影響を新に明らかにすることで、一種の「恩返し」をしようと思う。

新潮社 波
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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