あの職業の人はコロナ禍でどう仕事していた? 77人の「緊急事態日記」

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仕事本 わたしたちの緊急事態日記

『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』

著者
尾崎世界観 [著]/町田康 [著]/花田菜々子 [著]/ヤマシタトモコ [著]/川本三郎 [著]/立川談四楼 [著]
出版社
左右社
ISBN
9784865282832
発売日
2020/06/23
価格
2,200円(税込)

あの職業の人はコロナ禍でどう仕事していた? 77人の「緊急事態日記」

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

仕事、終わり〜。今日のお風呂は、登別温泉風かな別府温泉風かな。なんていう、ついこの間までのおだやかな日常は、コロナウイルスによって一変させられました。

仕事がなくなったり、やり方が変わったり、突然忙しくなったり。ほかの人の仕事が気になりはじめました。この危機、どうやって乗り越えるんだろう? (「はじめに」より)

仕事本 わたしたちの緊急事態日記』(左右社)の冒頭にはこう書かれています。新型コロナウイルスは、それほど大きな衝撃を投げかけたということ。

特に、仕事の面で劇的な変化を痛感している方は、決して少なくないはずです。

そこで本書発行元の編集部は、緊急事態宣言が発せられた日、「仕事」をテーマにした本をつくろうと、さまざまな仕事につく77人の人々に、いろいろなことが変わった時期である4月の日記を書いてもらうようにお願いしたのだそうです。

つまり、それらを構成したものが本書。

パン屋、ごみ清掃員、ミュージシャン、小説家など、登場する77人の職業は有名無名を問わず多種多様。

もちろん年齢も20代から80代まで広範で、つまりはいま、この時代に生きる多くの人たちの生の声が収録されているわけです。

東京でタクシー運転手として働く、27歳男性のケースをピックアップしてみることにしましょう。

四月七日(火)緊急事態宣言一日目

緊急事態宣言が発令された。 専門的に見た遅い早いの議論もあるだろうけど、僕は僕でコロナによって既に振り回されていた。

まずは、お客様が圧倒的に減った。お客様というより、外出する人が減り街中に人が歩かなくなるのだからタクシーに乗る人も減る。売上の指標でいえば、僕のいる東京のタクシーは一日の平均売上が五万、だけど三月に入ってからはその平均にすら届かない日々が増えていた。(54ページより)

いつも月平均8〜9万とトップの売上をはじき出しているような人でさえ、一日中走り回っても2万5000円で、東京の平均売上の半分に届くのがやっと

しかも、週でいちばん稼げるとされる金曜日でその状態なのだそうです。

ただでさえタクシー運転手は、コロナのリスクを常に意識せざるを得ない仕事。筆者も、2月上旬の時点でコロナの恐怖を感じたと振り返っています。

なぜならそのときに出た東京で4人目、日本人で一番最初の感染者はタクシー運転手だったからです。

なのに、周囲は「至って変わらぬまま」。堂々としているのか無神経なのかはわからないものの、この時点でまわりから危機感は感じられなかったのだといいます。

どこまで意識するかは、臆病と豪胆という分け方であってはいけないとその時に思っていた。もちろん臆病になり過ぎるのも良くないが、敵が見えない、どこにいるのか分からないこの状況で出歩くのはいつ狙われるか分からない。

まあ、コロナウイルスが直接狙ってくることはないがいつ感染してもおかしくはないという考えを持っていた。(55〜56ページより)

無関心だったまわりの人々が意識し始めたのは、それから数日後。意識したというより、意識せざるを得なくなったそうです。

なぜなら、筆者の所属する会社のハイヤー事業部に感染者が出てしまったから。

そればかりか、やがて同社のタクシー運転手のなかにもコロナウイルス感染者が出たという情報がネット上で飛び交うことに。

結果的にはデマだったようですが、いずれにしても筆者はそのとき、会社からの正式な情報を得るよりも先に“極めて近いところ”で感染者が出たことを知ったわけです。(54ページより)

四月十三日(月)緊急事態宣言七日目

緊急事態宣言から一週間、会社の方針が出た。 明日から四月いっぱいは休業。その分の収入は過去の売り上げの七、八〇%が補償として払われるということだった。緊急小口貸付といった国の補償もあるし、今すぐ生活が出来なくなるということはないが、ご家族を持つ親しい運転手もいるだけに、少々心配になる。

今日から変わった日常を過ごすことになった今、住んでいるアパートの四階の窓から外を見れば雨がひたすらに一軒家の天井を叩きつける音が聞こえてくる。心なしか、この状況も相まってその一軒一軒が一回り小さく身をすくませているように見える。空は突き抜けることができないほど分厚く重い雲に覆われ、本当にこの上に太陽があるのかと疑うほど。暖房なしで室内にいると指先まで冷え、四月にしては凍えるほど寒い。関係ないことは分かっているが、この天気が厳しい情勢と心境を表しているようで少々不気味さと不安を誘う。(58〜59ページより)

筆者は、自身の会社のタクシー運転手にコロナウイルス患者が出たというデマが流れたとき、「やっぱりネットは侮れない」と感じたといいます。

あるとき乗車してきた人が車のサイドにある社名を確認し、「あんたのとこって…」と、ネットのデマ情報を持ち出してきたというのです。

僕自身が、ネットの情報と会社の情報でネットを信用してしまったこともある分、無理もないと感じる。ただこの時、なんとなくコロナウイルスによって分断的というかデマによる攻撃というのを少し感じて、これがいつか大きな障害として存在するように感じた。そして今、特にSNS上やネットニュースのコメント欄にはコロナウイルスの恐怖によって行動の一つ一つに妙な監視が付いているような気がする。

ネットだけじゃなく街中で喧嘩をしているのも見たが、不安になることはもちろんあるし、良くは思えないこともあるが今見る相手はそこじゃないと感じてしまう。どちらかといえば協力するべき人間同士なのに。なんだか緊急事態宣言が出る直前から、一週間ごとに倫理観や正義が変わっているというか、社会や経済への影響だけでなく精神という意味ではまさに、人間の内部にまでコロナウイルスが入り込んできている感じがする。(59〜60ページより)

運転手として街中を見ると、外出する人が少ないぶん閑散として穏やかな空気が流れていると筆者は表現しています。ただし、「ネットとの差が激しい」とも。

まだこの先は続くけど、どうなってしまうんだろう。タクシー運転手の解雇のニュースも話題になっている。きっとそれぞれに正解はないし、自分もいつどんな状況に立たされるか分からない。まずは出来ることからやっていきたい。(60ページより)

最初にご紹介した「はじめに」の文章は、次のように締めくくられています。

翻ってみれば、納豆を食べる幸せひとつとっても、どれだけの人の仕事でなりたっているか。

ひとつの仕事は、誰かの生活につながり、その生活がまた別の人の仕事を支えている。本書は仕事辞典であると同時に、緊急事態宣言後の記録であり、働く人のパワーワードが心に刺さる文学作品でもあります。仕事は続くよ、どこまでも。

たしかにそのとおり。

しかし私たちはいま、コロナ禍をきっかけとして、そういう「当たり前だけど忘れがちで、でも大切なこと」について改めて考えるべき地点にいるのかもしれません。

そういう意味でも、巣ごもりの時間が多いこの時期に、本書を手にとって見ていただきたいと強く思います。

Photo: 印南敦史

Source: 左右社

メディアジーン lifehacker
2020年8月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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