その日の予定 事実にもとづく物語 エリック・ヴュイヤール著

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その日の予定

『その日の予定』

著者
エリック・ヴュイヤール [著]/塚原 史 [訳]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784000229722
発売日
2020/06/25
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

その日の予定 事実にもとづく物語 エリック・ヴュイヤール著

[レビュアー] 尾崎真理子(早稲田大学教授/読売新聞調査研究本部客員研究員)

 第2次大戦はどのように忍び寄ったのか。ドイツのオーストリア併合に至る舞台裏をとらえた異例のレシ(事実小説)が、2017年、フランス文学最高のゴンクール賞を獲得した。

 作者は関連資料を7年も渉猟し、一つの出来事を指さして語り始める。それはナチス・ドイツが政権を握った直後、1933年2月20日にヒトラーが招集した夕食会。出席した自動車会社創業家のW・オペルをはじめ、クルップ、ジーメンスなどの姓を持つ、産業界の重鎮らは<地獄の門の前に置かれた二四台の計算機のように、無感動なままでそこにいた>。

 歴史の急所と見定めた場面が、次々に精緻(せいち)な文章で再現フィルム化されていく。植民地主義に立つ英仏の要人がナチズムを容認した、それぞれの、その日。38年2月12日、スキー客に紛れ極秘会合に出向いたオーストリア首相シュシュニクが、ヒトラーの剣幕(けんまく)に伏したその瞬間。翌月の侵攻は「電撃戦」と呼ばれるが、実態はドイツ軍戦車による大渋滞、ウィーン市民の好意的出迎えだった。そして大戦へ――。

 人々は歴史を、ナチスの宣伝担当ゲッベルスの作ったプロパガンダ映画のように記憶し始める。が、映画監督でもある作者は、ウィーン市民の喝采の音量が増幅されていたのを見逃さない。映画的手法で「事実」を再現しつつ、映像で規定されてきた歴史認識の背後にあるものを、本作はことごとく暴き、批判していく。

 併合前の1週間、1700人に上ったユダヤ人自殺者。うち何人かを動機不明としつつ報じたオーストリアの新聞。その抵抗と迎合に触れた「死者たち」の章で、ふっと歴史の余白に想像力が湧いた。小説は無名の人々を描く時、力を発揮することを思う。それでも作者が発言している通り「特定の時代においては、書くことは、事実に従わねばならない」。歴史の告発を担う小説も必要なのだ。塚原史氏の翻訳、三島憲一氏の解説が、本作の価値を余さず伝える。

 ◇E´ric Vuillard=1968年、フランス・リヨン生まれ。作家、映画監督。著書に『コンキスタドール』など。

読売新聞
2020年8月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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