原作を頭から完全に消し去る韓国映画のエロティックで濃厚な性描写〈あの映画 この原作〉

レビュー

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荊の城 上

『荊の城 上』

著者
Waters, Sarah, 1966-中村, 有希, 1968-
出版社
東京創元社
ISBN
9784488254032
価格
1,034円(税込)

書籍情報:openBD

原作を頭から完全に消し去る韓国映画のエロティックで濃厚な性描写

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 韓国映画『お嬢さん』の原作は同性愛をテーマにしたミステリーや文学作品で人気の英国女流作家サラ・ウォーターズ『荊(いばら)の城』。日本でのデビュー作となった『半身』で、謎と妖しさに満ちた彼女の作品世界の虜になった人も多いはずだ。

 この作品も『半身』と同じく19世紀ビクトリア朝の英国が舞台。ロンドン郊外の城に住む深窓の令嬢を騙して財産を乗っ取ろうとする詐欺師一味が、令嬢と同年代のスリ稼業の娘を「侍女」として送り込むところから驚愕の物語が始まる。文庫本上下2巻の長編だが、騙しているのは誰で、騙されているのは誰か。予想を裏切る展開に読み始めたら止まらない。

 一方、映画は1930年代後半の日本統治下の朝鮮が舞台。これだけでただならぬものを感じてしまうのは私が日本人だからか。当然、話の細部や登場人物の設定はかなり違っているが、大筋はまあ原作に近いと言える。にもかかわらず、受ける印象のあまりの違いに、私は腰を抜かしそうになった。『お嬢さん』という可愛らしいタイトルから想像されるような若者たちのラブコメと勘違いしないように。敵(笑)はかなり長い成人指定映画ですからね。激しいというよりは、ここまでやるかというほどのエロティックで濃厚な性描写。いやはや、原作は頭から完全に消え去ってしまいました……。韓国映画おそるべし!

 和洋折衷の豪邸で繰り広げられる物語をより耽美的なものにしているのは、日本統治下という特殊な時代の奇妙な落ち着きと微かな不安を感じさせるようなカメラワークの素晴らしさだろう。これらのロケは三重県で行われた。また、出演者の日本語の上手さにも注目だが、やや韓国語なまりの発音やイントネーションがねっとりとした淫靡な雰囲気を醸し出す。

『オールド・ボーイ』でカンヌ映画祭グランプリを受賞したパク・チャヌク監督、この『お嬢さん』も各国で高く評価された。日本人名の和服姿の娘が日本語を話す韓国映画。その濃厚な官能的世界を目の当たりにした時、日本人はちょっぴり気恥ずかしさを感じるかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2020年9月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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