百年と一日 柴崎友香著

レビュー

7
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

百年と一日

『百年と一日』

著者
柴崎 友香 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784480815569
発売日
2020/07/15
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

百年と一日 柴崎友香著

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

 新聞には今日も数えきれない出来事が掲載されている。そこに登場するのは家族でも友人でもないのに、わたしたちは記事に目を通し、世の中で何が起きているのか知ろうとする。ノンフィクションや歴史書もまた、過去に世界のどこかで起こった出来事を読者に伝えてくれる。

 本書は33の短篇(たんぺん)が収められた小説集だ。つまりフィクションであるのだけれども、そのひとつひとつの物語は、ほんとうに起きた出来事のように感じられる。そこに綴(つづ)られる、わたしたちが実際には経験していないことを通じて、世界のすがたに触れられたような気がするから不思議だ。

 たとえば、「埠頭(ふとう)からいくつも行き交っていた大型フェリーはすべて廃止になり、ターミナルは放置されて長い時間が経(た)ったが、一人の裕福な投資家がリゾートホテルを建て、たくさんの人たちが宇宙へ行く新型航空機を眺めた」という短篇。物語のあらすじはタイトルの通りだ(まだ「宇宙へ行く新型航空機」こそ存在しないけれど、こんな歴史を辿(たど)った港をよく知っているような気がする)。

 初めて新型航空機が宇宙に飛び立つ日、埠頭には昔の夏祭りを模した屋台が並んだ。それを見たこどもたちは、昔の夏祭りを見たことがないのに、「なつかしいね」と盛んに言う。本書を読むと、そのこどもたちと同じように、「なつかしいね」と言いたくなる。それは、タイトルに要約されるあらすじからこぼれる、ささいな感覚がいくつも描かれているからだろう。

 わたしたちの感覚はあっという間に薄れてゆく。日々の暮らしの中で、いろんな風景を目のあたりにし、様々な感情が浮かんでいるはずなのに、次の日には忘れてしまっていることが大半だ。そんな断片が、『百年と一日』を読むとよみがえってくる。小説の随所に配置される、ささいな記憶が愛(いと)おしく、「なつかしいね」とつぶやいてしまう。

 ◇しばさき・ともか=1973年、大阪生まれ。作家。著書に『春の庭』『その街の今は』『寝ても覚めても』など。

読売新聞
2020年8月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加