表現することの歓びや畏れを見つめる青春小説の美しさ

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表現することの歓びや畏れを見つめる青春小説の美しさ

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 ある出来事が原因で、人前で声を出すことができなくなってしまった元名子役の透。彼を高校の朗読部に誘い、再生へ背中を押す同い年の遥。大橋崇行『遥かに届くきみの聲(こえ)』は、表現することの歓びと畏れを誠実に見つめた青春小説だ。

 朗読は音読ではない。作品世界を構築する行為だ。牽強付会にならぬようテキストに対峙し、解釈を声にする。その作業に真摯に向き合う部員たちの姿が美しい。内田百間の短編集『冥途』の一編「花火」を朗読する遥の「読み」を透が分析する場面は、推理を推理するような面白さがある。あまんきみこの『おにたのぼうし』や『ちいちゃんのかげおくり』といった児童文学の名作の読み解きも新鮮だ。

 冒頭とラストに置かれているのは、宮沢賢治の詩「永訣の朝」の朗読シーン。死に向かう妹から、最愛の兄・賢治への最後の依頼「あめゆじゅとてちてけんじゃ」を遥は、透はどう表現するのか。ぜひ二人の聲を体感してほしい。

 平田オリザ『幕が上がる』(講談社文庫)は、『銀河鉄道の夜』をベースに自分たちらしい舞台を作り上げようと奮闘する高校の演劇部員の物語。学生演劇の女王と言われた教師、才能ある転校生といった華やかな要素を盛り込みながら、演出担当の三年生の視点で「リアルとフィクションの境目」をいかに芝居化するかが描かれる。何かに夢中になっている時間の中では、ふいに訪れる失望さえもまぶしい。

「西部劇だ。」という一文で始まる長嶋有『ぼくは落ち着きがない』(光文社文庫)は、高校図書部の(西部劇のような両開きの扉から入る)部室のざわついた空気を写し取った部活小説。滑舌良く早口で話す子が確実に混じっていそうな、どこまでも続いていきそうな会話が、十代のテンションと体温をありありと伝える。誰かが誰かに話しかけている、何かをするために動いている(あるいは動いていない)、些末にも思えるそんなことを言語化したものを読むのってこんなに楽しかったのか、と思わずにはいられない。

※内田百間の「間」はもんがまえに月

新潮社 週刊新潮
2020年9月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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