『はやくはやくっていわないで』
- 著者
- 益田 ミリ [著]/平澤 一平 [イラスト]
- 出版社
- ミシマ社
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784903908212
- 発売日
- 2010/10/30
- 価格
- 1,650円(税込)
書籍情報:openBD
余裕を失いがちな生活の中で問い直す“待つ”ことの意味
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
慣れないテレワークで思うように進まない業務に、短縮授業や夏休みの前倒しなどで増える家事負担。長引く自粛生活のせいで心の余裕がなくなったという人は多い。とくに近しい人にはついつい当たりがきつくなり、家の中の会話からいつのまにか笑いがなくなっていた、なんて話も聞くようになった。
そんな殺伐とした空気をふわりとはねのける「お守り」として評判を集めている絵本が『はやくはやくっていわないで』。2010年の刊行当初からロングランで売れ続けてきた名作だが、コロナ禍で再び注目されるようになり、今年8月には12刷を突破。3000部売れれば御の字といわれる児童書業界において、4万5000部弱とは堂々たるベストセラーだ。
ゆっくりマイペースにしか進めない船が、せかされたり比べられたりすることで気持ちが揺れ動いてしまうさまを描いたこの絵本。タイトルにある「はやくはやく」という言葉は、親が子供に向かって習慣のように投げつけてしまいがちなフレーズでもある。
「そういうときに“この本を思い出してぐっとこらえる”とおっしゃってくださる読者の方が多くて。中には、いつでも目に入るよう玄関に置いてあるという方や、“お母さん、これやで!”って言いながらお子さんが掲げて持ってきた、なんていう方もいました(笑)。大きな判型でつくってあるため、目に入りやすいことも功を奏したみたいです」とミシマ社の担当編集者は嬉しそうに目を細める。
最後の数ページはかけあいになっている。船くんが〈ゆっくり いくよ〉と言えば〈ゆっくり おいで〉。〈まってて くれる?〉と問えば〈まってるよ〉―。子供がひとりで読んだときの安心感はもちろん、大人が声に出して子供に読み聞かせることで、その言葉の意味を取り戻せるようにという願いも込めているという。
「実は、絵本をつくったのはこのときが初めて。だから僕自身、最後の言葉に心から救われたんです」(同)
コロナ禍で“待つ”ということが問い直されている今、確かな光を放つ一冊だ。