<東北の本棚>小説の人物自身を投影
[レビュアー] 河北新報
胃潰瘍が原因で生涯を閉じた文豪・夏目漱石は、若い頃から胃の不調に悩まされた。内科医(東北大医学部卒)で2008年に亡くなった著者が作品を読み解き、医学的見地から作家と胃病についてまとめ自費出版した遺稿だ。
漱石の小説には自身を投影した人物が登場する。「吾輩は猫である」の苦沙弥先生、「行人」の主人公の友人三沢などみな虚弱だ。随筆や書簡にも胃の不調をつづったものが多い。晩年の随筆「思い出す事など」では「余は明け暮れ自分の身体の中で、この部分だけを早く切り取って犬に投げて遣りたい」と記すほど、胃潰瘍に苦しめられた。
なぜ漱石は長らく胃を病んだのか。著者は複雑な生い立ちが原因の一つと考える。漱石は生後間もなく里子に出され、乳離れすると父の友人の養子になった。後に生家に戻るが親の愛情を受けられずに肩身の狭い子供時代を過ごした。著者は「潰瘍患者の多くは家族に愛されたいという願望が強い」という説を支持しているのが興味深い。
病への不安や死に対する恐怖を、感受性の強い漱石は作品に昇華させた。著者はこう指摘する。「胃の持病がなければ、作品の内容は違ったものになっただろう」(長)
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