余生と厭世 アネ・カトリーネ・ボーマン著

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余生と厭世

『余生と厭世』

著者
アネ・カトリーネ・ボーマン [著]/木村 由利子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152099501
発売日
2020/06/18
価格
2,530円(税込)

書籍情報:openBD

余生と厭世 アネ・カトリーネ・ボーマン著

[レビュアー] 木内昇(作家)

 その精神科医は、5ヶ月後に迫った72歳の誕生日までの日々を指折り数えている。この日で仕事を引退すると決めたからだ。患者との面接は「聞いているふり」でやり過ごし、私生活でも人を遠ざける。彼の厭世(えんせい)ぶりは、仕事柄というより生来の性質に見える。頑(かたく)ななその生き方が、新たに患者となったアガッツの、孤独な魂と触れ合うことで変じていく。デンマークの臨床心理士による初の小説。

 「自分でも頑張っているつもりですが、人生のほうがいつも私から逃げるんです」

 人生をスムーズに運ぶコツが適度にやり過ごすことだとしたら、ひとつことに拘泥し、立ち止まる彼の患者たちは当然生きにくさを抱える。それでも彼らの言葉は、精神科医のおざなりな相槌(あいづち)より遥(はる)かに実があるように感じられる。そうして、アガッツとの出会いを機に、精神科医の、自らも持て余すほどの不器用さがあぶり出されていく様は、不思議な明るさに満ちている。

 見えないふり、聞こえぬふりで済ませられることを直視するのは勇気がいる。でもそこからようやく、何かがはじまるのだろう。木村由利子訳。(早川書房、2300円)

読売新聞
2020年9月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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