時間 エヴァ・ホフマン著

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時間

『時間』

著者
エヴァ・ホフマン [著]/早川敦子監訳 [監修、訳]/柳田利枝 [訳]/上神弥生 [訳]/香山はるの [訳]/和田直 [訳]/小川真都果 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784622089094
発売日
2020/06/03
価格
4,400円(税込)

書籍情報:openBD

時間 エヴァ・ホフマン著

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

 著者はポーランドに生まれ、幼くしてカナダに移住し、ニューヨークタイムズの編集者を長く務めた作家だ。彼女は移民体験を通して時間認識の大きな断絶を体験する。

 子どもは時は金なりという利益的思考に染まることなく、生まれながらの哲学者であるという。彼らは時間の純粋な本質の中に生き、時間への基本的感覚を幼少期に形成する。彼女が育った共産主義の不透明な世界では時間に価値はなく静止し、長い行列待ちは日常的だった。

 アメリカにおいて、対極的に時間は高速で流れ、人々は神経症的にイライラし、成果と利益の合理的配分がすべてであり、「魂」のことなど誰も気にしない。時間とお金だけがこの世の住人だ。イギリスでは時間はゆっくり流れ、時間の主人として人間が生きていると比較される。

 仕事人間の短命さの強調など、チクリと心を刺す。時間泥棒の国の住人としては耳が痛い。人生の物語と、経済的功利的な時間とが切り離された現代の特徴を告発している。

 進化や人生の物語において、老人に興味が向けられていないことを著者は批判する。人生が、「誕生、生殖、死」という三大出来事のみで構成されているとすれば、時間は空虚だ。神経科学も未来を語ることはできない。未来は期待と希望の対象であり、そうあるべきだ。

 時間を練習することによって子供もまた親密な他者の不在に耐えられるようになる。未来もまた訓練を踏まえてこそ、希望の基体となる。死と老いを時間論に組み込めない現代文化とはどれほどのものか。

 著者はホロコーストの第二世代であり、精神分析、神経科学など様々な知見を踏まえながら、未来育てにどう役立てるのかを記した本だと私は思う。未来とはその長さゆえに大きな価値があるとは限らない。過去であれ未来であれ時間を忘却している人にとって反省の痛みと心安らぎの両方を与えてくれる本だ。早川敦子監訳。

 ◇Eva Hoffman=1945年、ユダヤ人の両親のもとに生まれる。89年に自伝を出版、作家に。現在英国在住。

読売新聞
2020年9月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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