Here, There and Everywhere, but never Elsewhere――弟子が読み解く、菅野和夫『労働法の基軸』

レビュー

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労働法の基軸

『労働法の基軸』

著者
菅野 和夫 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641243224
発売日
2020/05/23
価格
4,180円(税込)

書籍情報:openBD

Here, There and Everywhere, but never Elsewhere――弟子が読み解く、菅野和夫『労働法の基軸』

[レビュアー] 森戸英幸(慶應義塾大学法科大学院教授)

 「実は、先生にお願いが一つございまして……」
 「え、なんですか改まって? まさか菅野先生の本の書評とか?!(笑)」
 「……そうなんです」

 学問以外の分野でごく希に発動する鋭い洞察力を、こんなところで消費してしまった。

 「なんで私なんですか? あ、いろいろ貸しがあるから頼みやすいとか」
 「いえ、実は菅野先生直々のご指名なのです。森戸君に頼んだらきっと面白いの書いてくれるよ! と、私がこれまで見た中で最高の笑顔でおっしゃったんです」

 「森戸君」はまだ30代の若手っぽくも聞こえるが、実は齢54のベテラン教授である。50代半ばの菅野先生は名著『労働法』(弘文堂)とはまた別の切り口の『雇用社会の法』(有斐閣)を世に送り出している(本書97頁以下参照)が、森戸君はと言えばつい最近某業界誌に送った書評が品位に欠けるという理由でボツになった(そのうち怪文書としてネットに流出するかも)。そんな品性下劣な不肖の弟子が、大学者の「広く、深く、揺るぎなく」(本書帯コピーより)展開した人生の詰まった本書を評する資格などあるのだろうか?

 2分ほどの葛藤と熟考の末、私は筆を執ることに決めた。すでに公職はすべて退かれた菅野先生、きっと弟子を順番に断捨離中で、私はおそらく〇〇君の次にすでに先生の記憶から消去されたのではないかと思っていたが、おもしろ書評要員としてかろうじてリストラされずに済んでいたようである。光栄なことではないか! 助手時代に先生の草履を何度も懐で温めた甲斐があったというものである。

 ***

 というわけで、改めて。本書は、言わずと知れた労働法学の大家であり、東京大学名誉教授、日本学士院会員である菅野和夫先生50年余の学者生活を、ご本人へのインタビュー(聞き手は岩村正彦先生〔中央労働委員会会長〕と荒木尚志先生〔東京大学教授〕)によってまとめた一冊である。先生と関わりのある労働法界隈の関係者にとって興味深い内容であることは言うまでもないが、全くの他分野の研究者、さらには一般読者にとっても読み応えのある本である。最初から最後まで、公私織り交ぜた興味深いエピソードが満載だからなのだが、それだけではない。決して大げさではなく、学者として人間として、「軸を貫く」生きざまとはいかなるものか、そのことを教えてくれる書だからである。出生から大学時代、学者の道へ、そして各分野での活躍、という時系列はひとまず置いて(それはフツーに読めって話ですよね)、以下では私なりの拙い整理で本書をご紹介したい。

衝撃の事実、次々と明らかに

 一応弟子として、菅野先生の耳より情報は熟知しているつもりだった。「すがの」じゃなくて「すげの」ですよ、とか(意外にいるのだ、知らない人)。しかし本書を読んで、知らなかったことの多さに軽くショックを受けた。誌面の都合もあるので前座級のネタは以下一気の羅列で済ませるが、本当の誕生日は公式の3月31日ではなく4月10日(3頁。蒼井そらのテク)、大学3年時は合気道に明け暮れ全く授業に出なかった(26頁。現役学生には内緒)、司法修習生時代に労判(東京大学労働法研究会)に勝手に出席した(50頁。修習専念義務違反)、『労働法』の総論部分は削りに削ってあのボリューム(87頁。常に冷静なあの岩村先生もビックリ)、ブエノスアイレスでの学会のためスペイン語を読めるようにした(237頁。きっと今や日本語より流暢)、『労働法』の英訳本を出版したキャノウィッツ教授は元沖仲仕(244頁。もはや菅野先生のネタでさえない)、国際学会会長選挙の対抗馬であったイタリアのC教授の不正行為がガチでハンパなかった(261頁。名前晒せ名前!)、などなど。

 しかしなんと言っても一番の驚きは、菅野先生が助手にスカウトされなければ勤務するはずであった弁護士事務所名である。労働法の事務所に決まっていた、という話はなんとなく聞いたことがあった。しかしその事務所が、現在でも業界にその名が轟く「バリバリの」労働側弁護士事務所、旬報法律事務所であった(62頁)とは! 世が世なら、今頃菅野先生は日本労働弁護団の重鎮として、労働委員会で座ったまま証人尋問(重鎮弁護士の勝手なイメージです)をしていたのかもしれない。そして、内定辞退を若き日の菅野先生から伝えられた東城守一弁護士の言葉が実に感動的である。「労弁になろうとしたことは一切忘れろ。自分の立てる解釈論が労使いずれかに有利か不利かなどは一切考えず、法の論理だけを追究しろ」――偉人は偉人が育てるのだ(私だったらきっとコーヒーをぶっかけている)。

フェイクでない「理論と実務の架橋」

 ここ20年近く、ロースクール関係者が嫌というほど口にしてきたフレーズが「理論と実務の架橋」である――ウチのローはこれをちゃんと実現できてます! と心から思っていたかどうかは別として。しかし本書は、菅野先生がこのスローガンを真に実践した人物であったことを教えてくれる。その「架橋」は、労働法という理論の軸足をしっかりキープしつつ、裁判所、労働委員会、政策形成という実務の各フィールドにもれなく及び、そしてまた『労働法』の改訂という形で理論の側へのフィードバックをもたらした(337頁)。

 現在の労働裁判や労働委員会の実務における菅野労働法学の影響力については今さら語るまでもないが、実はそれは菅野先生の研究生活における当初からの目標であった。司法修習を経てから研究の道へ入ったことにより、ごく自然な形で、民法から離れた解釈論は法律論ではない、という基本スタンスが固まった(60頁)。当時は労使対立が激しくプロレーバー理論の時代であったが、だからこそ労使双方を納得させられるのは緻密な法律論しかないという思いも強くした(336頁)。40代早々で『労働法』を出したのも、他分野にはあるのに労働法にはなかった、裁判実務で参照される法律学らしい教科書・体系書をつくりたかったから(92頁)であり、実務で使える労働法学にしたかった(114頁)からである。

 労働政策審議会等、政策形成の場における先生の多大なる貢献については、すべてに言及していると「厚労省の労働部局を息継ぎなしで一気に言う一発芸」みたいになるのでここでは控える。ただ、霞が関で研究者が果たす役割についての先生の言葉だけは是非ここで紹介しておきたい。すなわち、審議会等での公労使三者構成による政策形成は、「世の中を知らない学者が不相当な発言力を持ちえない枠組み」として評価できる(187頁)。しかししばしば労使が保守的になり過ぎることがあり、その場合は政治主導も必要だが、「理論倒れの学者による主導は危険」である。三者構成は時間がかかるが政策の実効性・一貫性が担保されるので、三者構成を基本に政治主導をかみ合わせるのがよい(188頁)。研究と政策決定との間にかけられた橋を頻繁に行き来した菅野先生ならではの、誠に重みのある言葉である(聞こえてますか? 理論倒れの××先生!)。

労働法の「当たり前」を築いた

 その存在があまりに当たり前過ぎて、そのありがたみを普段忘れがちなものというのがある。たとえば? えっと……電車とか、道路とか? とにかく、本書は、労働法界隈の関係者(学者、実務家、行政官など)が、現在普通だと思っていること、普通すぎて意識さえせず歩いている道が、実は皆菅野先生のおかげで整備されたものなのだということを教えてくれる。労働委員会の救済命令への裁判所の理解が進み、救済命令の取消率も低く抑えられるようになったこと(206頁以下)、日本の労働法や労働分野に関わる研究の国際的なプレゼンスが高まったこと(247頁、313頁以下)、このあたりのエピソードも読み応えがあったが、もっとも興味深いのが、2004年の労働審判制度導入に至るまでの道のりである。

 労働審判制度は、通常訴訟よりも敷居の低い簡易・迅速な手続として現在は実務上すっかり定着しているが、菅野先生なかりせば制度は誕生していなかったようである(ショボい調停制度くらいが関の山かな)。司法制度改革に労働関係の話も組み込んでもらうために、まずは裁判官の目に触れる「法曹時報」に労働事件の専門性に関する論文を執筆する(150頁)。司法制度改革審議会・労働検討会では、各委員の意見が対立する中、座長ではあったが当初は一切意見を述べず我慢(156頁)。事務局は労働調停で十分という感じもあったが、中央労働委員会の出張でコネを作っていたドイツとイギリスの裁判官を日弁連のシンポジウムに招聘、労使の素人裁判官の参加が労働事件の解決にプラスであることを語ってもらい議論の潮目を変える(158頁)。そして最後は座長として一週間で素案に了承を取りつける(160頁)。

 「政治的」に立ち回った、と言えなくもない。しかし、経済界の御用新聞にリークしてアドバルーン記事を書かせるとか、議員会館で誰かに頭を下げるとかいうようなレベルの低い政治的行動ではなく、論文を書き、海外の学者を招き……と、まさに学者としての軸をキープしつつ、しかし望ましい政策を通すべく華麗に立ち回るというところが流石である。あくまでも学者にしかできない政治的アプローチだ。いや、菅野先生にしか、であった。

 ***

 読ませるストーリーはまだまだある。部外者からしたらそんなに面白い話もないだろうな、と体温低めで読み始めた東大法学部長時代の章では、副学長との電話を「ガチャ切り」して公共政策大学院設置にこぎつけた(284頁)、時間に縛られたくない研究者の労働組合に裁量労働制の労使協定締結を拒絶する度胸などないと完全に見切って労使交渉には出なかった(291頁)などのくだりに、さすがハッタリかましてナンボの労使関係の専門家やで! とエセ関西弁で唸ってしまった。

 というわけでまとめるなら、本書は、菅野先生の、単に労働法学を極めたのみならず、政策形成から紛争処理まで幅広くご活躍され、かつ各分野でもれなく素晴らしい実績を上げられ、しかし労働法学研究者としての軸は決してブレなかったという、類い希なる半生を描いたもので……。

 ――待てよ、てことは要するに、労働法学を「基軸」に、「広く、深く、揺るぎなく」各方面で活躍したってことだよな。それって結局書名と帯コピーに尽きるってことじゃないか! 4000字も要らなかったわ、こりゃまたボツかな?

有斐閣 書斎の窓
2020年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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