庭や公園で見ることができる小さな昆虫、クモ類など約100種類を超拡大写真で展開!『美しき小さな虫たちの図鑑』刊行インタビュー
[文] 白須賀奈菜(山と溪谷社・自然図書出版部)
庭や公園で出会える小さな虫たちの超拡大写真が収録された『美しき小さな虫たちの図鑑』が刊行。熱帯雨林の虫たちにも負けないカラフルで美しいデザインは驚きの連続です。普段はまったく気づかない小さな虫たちの“本当の姿”が映し出されています。
著者は、僧侶をしながら虫ブログ「ムシをデザインしたのはダレ?」を運営している原有正さん。本作の刊行を期に、昆虫撮影をはじめたきっかけや撮影を通して気づいた仏教との繋がりについてお話を伺いました。
あなたの足元に広がる 美しき小さな虫たちの世界
──世界の美しい虫の本はありますが、“小さくて身近な美しい虫”というのは、珍しいですね。
原有正(以下、原) 熱帯雨林には、とんでもない形や派手な色の虫がいますよね。でも、私たちの身近な場所にもたくさんの美しい虫たちが生きています。この本では、自宅の庭や近所の公園で撮影した、めずらしくも何ともない小さな虫たちが主役になっています。
──ハエやカといった馴染みがある虫も登場していますね。こんなにも緻密で美しいデザインだったとは、驚きました! 嫌われ者な彼らですが、本当の姿を知って印象が変わる人が多そうですね。
原 本の冒頭にも書きましたが、ハエを初めて撮影したとき、私も本当にびっくりしました。汚物に集まる良くないイメージしかありませんでしたから。昆虫で美しい目の持ち主は童謡「とんぼのめがね」のトンボがピカイチだと思っていましたが、ハエのメガネもバリエーションの豊富さ・美しさともに圧巻です。
カといえば、現れるとすぐさまパチンと手で叩き、何も感じるところのないままゴミ箱に捨てる人が多いですよね。本書では夏場によく見かけるヒトスジシマカが登場するのですが、実は白黒の細やかな鱗片に覆われた、繊細で複雑なデザインの持ち主なんです。私の写真を見た方から「カを見かけても叩かず逃がすようになりました」と言っていただいたときは、嬉しかったですね。
──小さな虫の、肉眼では認識できない微細な構造まで分かるのが面白いですね。鱗があったり、フサフサ毛が生えていたり……。
原 多くの写真には深度合成撮影を用いています。顕微鏡の対物レンズなどを使用して、ピントの合う範囲を正確にずらしながら数枚撮影し、それらを合成すれば、意図する範囲にピントがあった写真が出来上がります。肉眼では小さくてよく分からなかった形やディテールが鮮明に顕れる。つまりは“本当の虫の姿”を知ることが出来るのが最大の魅力です。
昆虫写真家になったきっかけ
──原さんの本業は僧侶なんですよね。
原 著者の写真だけをみると到底、虫の図鑑には見えないですね(笑)。
生まれはお寺ではなく一般の家庭の出身で、将来は手塚治虫先生のような漫画家になりたかったのですが……。何がどうして、15歳の時に和歌山県の高野山にて得度して以来、今日まで高野山真言宗の僧侶を続けています。現在は自然豊かな標高400mほどの山中にあるお寺に勤めています。
──原さんが写真撮影を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
原 “月参り”といって、亡くなられた方の命日に毎月、檀家さまのお宅にお参りに行くお勤めがございます。その中に趣味でカメラを始められた方がおられまして、仏壇での読経の後、お茶をいただきながら、毎月そのお話を聞くわけです。「この前は夜明け前から天空の城、竹田城跡を撮影するために暗い山道を登った」、「夜の工場撮影に脚立を車に詰め込み出かけた」等々、楽しくお話しされ、何度かお話を聞くうちに、私も!という気持ちになったわけです。
──檀家さまの薦めがあったわけですね。でも、虫を被写体にされたのはなぜですか?
原 カメラを手に入れたものの、基本的にお寺というものは休みがなく、あまり撮影のための遠出が出来ません。というわけで手近な庭の花を撮影したところ、1匹の小さなハエが写り込んでいまして、そこで、そのデザインに衝撃を受けました。
未知の世界が突然広がった感動は、今でも鮮明に覚えています。今までまったく意識していなかった近場の緑には、私の知らないデザインを装った“虫”という格好の被写体がいたわけです。
虫と仏教 意外な共通点とは?
──虫と仏教、何か通ずるものがあるのでしょうか。
原 僧侶がつとめる修行のひとつに、「観法」というものがございます。一般的にいうと瞑想ですね。座って足を組み、姿勢を正し、息を整え、全身の感覚を総動員しておこなうものです。
1mmほどの小さな虫を撮影する時というのは、知らないうちに息を整え、意識を虫の存在、その1点に集中します。その時、レンズを通して見えてくる神業的な意匠も手伝って、瞑想と同じ「小さな存在の中に広大な宇宙の広がりがある」感覚を強烈に感じるのです。
──「瞑想」と「虫の撮影」が同じ感覚なのですか。ちょっと想像が難しいですが……。もしかして、本の冒頭の「一寸の虫にも無限の宇宙」という言葉がそれを表しているのでしょうか?
原 ええ、その通りです。瞑想とは、自分の中にある宇宙に出会うもの。私にとっては、小さな虫に秘められた神がかった精緻なデザインこそが、まさしく無限の宇宙なのです。
「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉があります。すべての生きとし生けるものには仏性がそなわっている。そればかりか生命のない、例えば川や岩などにも神や仏を見出す世界観を、修行の中で教えられてきました。もちろん、その中に小さな虫も含まれているわけです。
しかし実際、虫のなかに尊い仏性があるとは頭ではわかっていても、ぼんやりとした認識でしかありませんでした。虫の撮影を通して、それがはっきりとした実感へと変わったのです。
大切なものは案外身近にある
──原さんの虫ブログ「虫をデザインしたのはダレ?」は開設から10年目ですね。
原 途中更新が滞った時期もありましたが、まさかここまで昆虫撮影にはまり込み、ブログが続くとは思いもしませんでした。最初のころは、撮影した虫が何者かさっぱり分からないことが多々ありましたが、同じ虫撮り仲間や、専門の先生に教えていただき、どんどんと深みにはまっていきました。10年経っても、虫の生態やデザインには驚くことばかりです。
恐ろしいことにこれまで撮影した虫は極々1部の種で、未だ出会っていない虫が沢山います。そういう虫たちに出会い、その魅力を多くの人に共有できるよう今後も更新していきたいと考えています。
──最後に、読者へのメッセージをお願いいたします!
原 家の中や花壇、近所の公園、寺の境内などで見つけた小さな虫たち。普段は見過ごしたり単なる“虫”として軽く扱われている存在ですが、この本では本当の姿を写し出しています。魅力あるデザインに、精緻な意匠、宝石のような輝き。小さくても、彼らも私たち人間と同じく、この地球で今を生きています。
残念なことに、ブログを始めて今日まで、いままで通ってきた公園や緑地を何ヶ所も失ってきました。何十年とかけて育まれた森も、人の勝手な都合で、あっという間に乾いた更地になる。本当に大切なものは案外身近にあるものです。人も虫も、自然環境も。
身近な虫たちを紹介したこの本がきっかけで、彼らの存在を知っていただき、さらには世界観が少しでも深まる一助となれば、紹介者としてこの上ない幸せであります。