日常の不思議さが浮かび上がる33篇からなす世界

レビュー

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百年と一日

『百年と一日』

著者
柴崎 友香 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784480815569
発売日
2020/07/15
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

日常の不思議さが浮かび上がる33篇からなす世界

[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)

 ここに集められた33篇の短い物語は、登場人物も舞台もバラバラでありながら、ひとつの世界をなしているように感じられる。すべての物語の背後に、個人や場所を超えた何かがある。神のようなもの? いや、それは全知の支配者ではなく、ただそこにあって、様々な偶然に立ち会うもの、すなわち時間である。

 例えば冒頭の物語。「一組一番」と「二組一番」と呼ばれる二人の女子高校生が、学校の植え込みに偶然きのこを発見する。しかし、これで二人に友情が芽生えるわけではなく、別々に大人になっていく。やがて、大学の講師になった「一組一番」の授業に、奇遇にも出席した「二組一番」の息子が声をかけ、彼女が自分の母と一緒に宇宙人を見た話を聞きたがる。

 え、宇宙人?と思って読み返すと、初めのきのこの場面で、「なにか青い小さなもの」が動くのを二人は目撃していた。これが息子の言う宇宙人なのだろうが、事実を聞いたところで、彼は満足しないだろう。しかし、二人にとって、きのこの発見は記憶に残る神秘的な体験だった。ここには偶然の輝きと儚さが、同時に示されている。

 別の物語では、珍しく大雪が降った町で、ある少年が家を抜け出して公園で遊ぶ。やがて彼の親に頼まれて探しに来たらしい同級生の少年に発見され、一緒に家路につくが、その後、この同級生の方が行方不明になる。だが、語り手はそれを嘆きもせず、哲学的な解釈もせず、ただ捜索は無駄になり、「時間だけが経った」と記す。時間は、生と死の不条理をあばき出すこともある。

 こうした物語をいくつも読むうちに自然と浮かび上がるのが、私たちの日常の不思議さである。何も特別なことは起きていないようでも、実はさまざまな偶然の作用で、それは成立している。「日常」の基盤が揺らいで見えるコロナ禍のいま、じっくり味わうべき作品である。

新潮社 週刊新潮
2020年9月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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