でっちあげだったはずの妖怪の目撃情報が出はじめて…

レビュー

4
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スキマワラシ

『スキマワラシ』

著者
恩田 陸 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716894
発売日
2020/08/05
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

でっちあげだったはずの妖怪の目撃情報が出はじめて…

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

「目の前を、明るい夏が駆け抜けていった」

 本書のラスト直前、こんなフレーズが不意打ちのように顔を出し、あっけにとられた。「僕らの国の、夏の季節が過ぎ去っていった」という文章がさらに続くのだが、まさに夏が去る瞬間を目撃した気分。ただ茫然と見送るしかなく、あとからじわじわ笑いと感動がこみあげてくる。こんなサプライズをしれっと書いてしまえるのは、恩田陸だけだろう。

 小説の主人公は、古物商を営む8歳上の兄と、その手伝いをする気のいい弟。弟は、ときたま(年に10~15回ほど)、何かに手を触れた瞬間、ヴィジョンを見ることがある。超能力SFならサイコメトリーとかリーディング能力とか呼ばれるやつだが、兄弟はそれを二人だけの秘密にして「アレ」と呼んでいる。

 商売柄、あちこちを回るうち、兄弟は、強い「アレ」を高確率で引き起こす、一群の古いタイルがあることを知る。どうやらそのタイルが秘めた記憶には、若くして世を去った兄弟の両親が関係しているらしい。

 題名のスキマワラシは、家につくザシキワラシに対し、「人と人との記憶のあいまに棲みつく」妖怪。兄が適当にでっちあげた架空の(?)妖怪だったはずが、いつしか目撃情報が出はじめる。取り壊しの決まった古い建物に現れる、白いワンピースに麦わら帽子をかぶり、空色の胴乱を携えた三つ編みの少女。彼女は近代の瓦礫の中から近代的自我の欠片を集めているのでは……というもっともらしい仮説も披露されるが、物語は謎の解決に向かってミステリー的にまっすぐ進むわけではない。はたして、タイルとスキマワラシはどう結びつくのか?

 小説は、やがて予想外の展開を経て、奇跡のような美しい場面にたどりつく。まさかこんな大団円が待っていようとは……。物語の魔法と、魔法の物語がひとつになり、コロナの夏に完璧なエンドマークを打つ。

新潮社 週刊新潮
2020年9月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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