仕事ができないヤツは島流し!?「生産性が低いことは罪ですか?」【全ての働く人へ】衝撃のブラック系お仕事小説『人財島』刊行記念 根本聡一郎インタビュー

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人財島

『人財島』

著者
根本 聡一郎 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041091388
発売日
2020/09/24
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

仕事ができないヤツは島流し!?「生産性が低いことは罪ですか?」【全ての働く人へ】衝撃のブラック系お仕事小説『人財島』刊行記念 根本聡一郎インタビュー

[文] カドブン

Kindleダイレクト・パブリッシングで公開した作品が口コミで大きな話題を呼び、『プロパガンダゲーム』でデビューを果たした新進気鋭の作家・根本聡一郎さん。次々と奇抜な設定の作品を発表する根本さんに、面白さ未知数の最新作『人財島』についてお話を伺いました。

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仕事ができないヤツは島流し!?「生産性が低いことは罪ですか?」【全ての働く…

■『人財島』あらすじ

生産性のない人材には、価値がない!? 大手人材派遣会社の新入社員・北原直人は「人財島」なる研修施設へ出向を命じられる。そこは生産性の高さによって人々を区別し、上位者にのみ帰還を許す悪辣な追い出し島だった。スマホさえ奪われた隔離状態のなか、与えられたのは炎天下での過酷な肉体労働。北原は島で出会った人々と脱出の計画を立てるが……。

根本聡一郎『人財島』(角川文庫)
根本聡一郎『人財島』(角川文庫)

――『人財島』の刊行おめでとうございます。

根本:ありがとうございます。こういう内容の本を「出してもいい」と認めていただいたこと自体、改めてありがたいなと思います。

――本作は会社から「生産性が低い」とみなされた人々が送られる「追い出し島」を舞台としたお仕事系小説ですが、独特の設定はどこから発想を得られたのでしょうか。

根本:発想のきっかけはいくつかあるんですが、ひとつはカフェで作業していた際に聞こえてきた会話ですね。元気な雰囲気の年配の女性が、かなり興奮した様子でお話をされていて。
「……そしたらその社員の人、『パートのみなさんも、もっと生産性上げて頑張ってください』とか言ってきて。あたし、ほんっとに頭に来たから、帰りに言ってやったんだよね!」とまぁ、こんな感じの話をされていたんです。聞き耳を立てなくともはっきり聞こえる声だったので、よほど腹に据えかねていたんだと思うんですけれど、なんだかその気持ち、よく分かるなぁと思ったんです。
 というのも、自分は数年前までとある専門誌の編集の仕事をしていたんですが、その頃に上司からよく言われた定型句のひとつが「仕事増えて大変だけど、生産性上げて頑張って」だったんですね。2017年頃からいわゆる「働き方改革」が本格化して、働く時間を短くしようという風潮が広がっていったわけですけど、仕事が突然減るわけでもなく、給与が突然増えるわけでもなく、起きたことは「仕事の密度が上がる」、いわゆる労働強化だったと。管理側もそれは分かっていて、どうにか頑張らせようと発破をかけるわけなんですが、「もっと真面目に働け」「根を詰めて仕事しろ」なんてことは言いづらい。そこで急速に流行っていった言葉が、「生産性上げて」だったのではないかと思うんです。

カフェで怒ってらっしゃった女性がまさにそうでしたけど、この「生産性を上げて」という言い回しは、一見優しいようで、言われる側は本当に腹が立つんですよ。「こっちだって一生懸命やってるのに」「言ってるそっちの生産性はどうなんだ」という気持ちになる。特に飲食系のお仕事だと、本社勤務の正社員の方よりベテランのパート・アルバイトの方のほうが現場では「仕事ができる」ケースってざらにありますから、よけいに頭にくるわけですよね。「あんな口だけの正社員のおっさんが自分の数倍の給料をもらってる」なんてことを考え出すと、正社員と非正社員の「格差」みたいなものにも目がいって、怒りのボルテージはさらに上がっていくわけです。

そんなことを考えていくうちに、実は「生産性」という単語は、現代社会を表す上でかなり重要な単語なんじゃないかと思うようになって。現代は、「生産性で人にランクをつける」ような時代になりつつあるんですよね。某自動車会社がCMで使っているのを見て驚きましたけど、優れた社員のことは「人財」と表現する。同時に、某経営の神様と関わりのある会社のサイトには、「人財・人材・人在・人罪 あなたは、どのジンザイ?」などといった「ジンザイ」の解説記事が堂々と出てくる。気づくと「人財」という単語が、人のランクを表すようなものになっていたんですね。これは、なかなか恐ろしいことだな、今の風潮がさらに進んだ先には一体何があるんだろうなどと考えていくうちに、今回の物語の設定を思いつきました。

――本作には「働く」ということに関して、色々な考えを持った人物たちが登場します。こうした登場人物の設定は、どのように構築していかれたのでしょうか。

根本:大学を卒業してから、自分は正社員の仕事と非正社員の仕事どちらも経験してきたのですが、危機感を覚えるのは、「社会の階層化」ともいうべき現象がどんどん進んでいるように感じられることです。特定の働き方をしている人の属性が、特定の経歴に偏っている。こんなに「多様性」が叫ばれる世の中なのに、自分が働く現場で目にしてきたものはまったくそんなものとはかけ離れている。だから自分が書く物語のなかには、なるべく多様な属性、考え方の人たちがいられるようにという思いで設定を作っていきました。

――島に流された主人公・北原は、キャッサバ芋掘りなどの業務をこなしながら自分の評価ランクを上げていき、島からの退出を目指します。根本さんから本作の読みどころを教えていただけますでしょうか。

根本:自由に読んでいただくのがいちばんだと思いますが、個人的に好きなのは各ランクにある「リフレッシュルーム」ですね。実は全ランクのフロアにちゃんと設置されています。
全編通していちばん力を入れたのは、人間を立体的に描いていくということです。ある指標で「無能」と判断された人が、別の側面から見るとまったく違った顔を見せる。それが人間の素晴らしいところですし、それを知る瞬間がきっと人生の醍醐味なんだろうという思いで、自分はこの物語を書いています。

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――小説は昔からお書きになっていたのでしょうか。本作では新入社員である北原ならではの悩みや葛藤が描かれていますが、根本さんにとって二十代前半の時期は、どんな時間でしたか。

根本:基本的に物語をつくるのが好きで、小学校の頃は自分で画用紙を切ってつくった手作りの本に漫画を描いていました。ただ、高学年に上がった頃に、漫画家の方の少年時代の絵を見て「あ、僕は絵が下手だぞ。これは年齢でカバーできるやつじゃないぞ」と、はたと気づいて。それから、絵が下手でも物語をつくる方法を探した結果、小説という手段があることに気づきました。

学生時代も何度か話は書こうとしたんですが、その頃は自分のなかで書きたいものが固まっていなかったこともあって、物語を完成させるということができなかったんです。はじめて物語を書き上げたのは、大学卒業後でした。せっかく書いたので読んでもらおうと思い、当時出たてだった「Kindle ダイレクト・パブリッシング」というサービスで自分で電子書籍を作って出版してみたところ、サービスが黎明期だったということもあり、多くの方に読んでいただけて。本当にタイミングが良かったんだと思っています。

純粋に「物語をつくる」ことが好きなので、その形式というのはあまりこだわっていなくて、大学時代に「リアル脱出ゲーム」が流行り出してからは、仲間といっしょに「謎解きゲーム」をつくることもはじめました。大学二年の終わりに東日本大震災が起き、沿岸部でボランティアをするようになってからは「東北のために物語ができることは何だろう」ということを日々考えるようになり、そのひとつの答えとして、東北を舞台にした謎解きゲームをつくる団体「謎杜プロジェクト」を立ち上げました。

※今回、「謎杜プロジェクト」さんより「カドブン」のために新作の謎を書き下ろしてもらいました。インタビュー記事を隅々まで見れば答えがわかるはず??

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根本:二十代前半の時期は、沿岸部での支援活動に没頭しているあいだに大学3~4年のほとんどが終わってしまっていたので、その後は非正規・正規問わず仕事を転々としながら物語をつくり続けていました。本当にいろいろなことをやりましたし、「人財」的なキャリアパスを大事にされる方々からするとクソみたいな経歴だろうなとも思いますが、その頃体験したことが、今回の物語を描くには不可欠だったと感じています。

――本作を読んで、「仕事」や「働くこと」について見つめ直そうという気持ちになりました。どのような方に本作を読んでもらいたいですか。

根本:「人財」という表現に違和感を抱いたことがある方には、ぜひ読んでいただきたいですね。朝井リョウさんが書かれた『何者』の世界がまさにそうでしたが、今の社会は「自分は何者かにならなくてはいけない」という圧力がものすごく強い気がしています。その圧力に敏感な方が、「ブランディング」といった言葉を使って、SNS上でも自分がいかに有能で有用な存在であるかを誇示するような発信をしている。そんな形で、いわば「人財」を目指す方々がいる一方で、いつも追い立てられているかのようなこの風潮に、疲れている方々って実はたくさんいるんじゃないかと思うんですね。そうした今の社会の風潮に疲れてしまった人にとって、この物語がある種の「救い」になればいいなという思いはあります。

――いま興味をお持ちのことや、次回作の構想などがございましたら、教えてください。

根本:個人的に興味があるのは「婚活」と「架空請求詐欺」ですね。こう言うと本当に危ない人だと思われるかもしれませんが、どちらも自由主義を突き詰めた結果「隆盛してしまった」業界だと思っているので、その世界を舞台にした、コンゲーム的な話を今後は描いてみたいなと思っています。

――最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

根本:いろいろ悪い噂を流す方々がいらっしゃいますが、「人財島」は本当に素敵な島です。みなさまぜひ一度お立ち寄りください。

――「人財島」は日本経済の救世主か、それとも……? その正体は、是非ともご自身の目でお確かめください。

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▼根本聡一郎『人財島』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000694/

撮影:沼田孝彦 取材・文:編集部 協力:謎杜プロジェクト

KADOKAWA カドブン
2020年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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