実験哲学入門 鈴木貴之編著

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実験哲学入門

『実験哲学入門』

著者
鈴木貴之 [著]
出版社
勁草書房
ISBN
9784326102822
発売日
2020/06/25
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

実験哲学入門 鈴木貴之編著

[レビュアー] 瀧澤弘和(経済学者・中央大教授)

 20世紀に英語圏で主流となった分析哲学は、主に「概念分析」という手法を用いることを特徴としてきた。たとえば、「知る」とはどのようなことかを考察する際に、様々な状況を設定し、その状況において、ある人があることを知っていると言えるか否かを考察する。その判定に際しては、しばしば「直観」が大きな役割を果たしてきた。

 しかし、この分析で哲学者が訴える「直観」は一般的な人びとの直観と一致するのだろうか。そうでないとしたら、もとの哲学的論証は一般性を失うのではないか。

 そこで、主に質問紙調査という実験手法で、人びとの直観的判断を調査するというアイディアが登場した。こうして今世紀に入り、分析哲学にも実験の潮流が押し寄せ、「実験哲学」が立ち上がる。

 実験というと、何か決定的結論が得られると期待するかもしれない。しかし理想的な実験はありえないので、実験結果は次々に新たな問いを生み出していく。

 実験哲学でも当初は、実験結果が特定の哲学的議論を肯定したり否定したりすると比較的単純に考えられていた節がある。しかし、この探求は次第に、人びとの複雑な直観を支えるメカニズムの探求へと向い、社会心理学ともオーバーラップして学際研究の様相を帯びてきた。

 本書は、今日急速に発展しつつある実験哲学の現状報告であるとともに、その哲学的意義を考察する。知識とは何か、自由意志とは何か、意図的行為とは何か、行為の正しさとは何か等々のテーマが分担執筆で取り上げられる。しかし、ありがちな寄せ集めではない。それぞれの分野の基本的問いと既存の学説の対立軸が明確にされたうえで、実験研究の新たな貢献と、それが生み出すさらなる問いとがわかりやすく記述されている。執筆者たちの実験哲学への立ち位置も微妙に異なるようだが、全体として実験哲学の可能性を伝える好著となっている。

 ◇すずき・たかゆき=1973年生まれ。東京大准教授。著書に『100年後の世界』など。

読売新聞
2020年9月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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