肉とすっぽん 平松洋子著 文芸春秋

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肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行

『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』

著者
平松 洋子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163912233
発売日
2020/07/16
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

肉とすっぽん 平松洋子著 文芸春秋

[レビュアー] 南沢奈央(女優)

 食欲の秋。さぁ旬のものを食べよう、と思い浮べるのはいつも、野菜、果物、魚……。こういうときに肉が挙がらないことに疑問も感じていなかった。さまざまな種類のお肉を年中美味(おい)しく食べられると思っていたからだ。だがなんと、肉にも「旬がある」のだという。実際本書で“旬”の瑞々(みずみず)しい肉と出会い、目からは鱗(うろこ)、口からはよだれが止まらなかった。

 人は、なぜ肉を食べるのだろう。根源的な問いから始まった、日本各地の肉が「つくられる」現場を巡る旅。命が食べものに変わる瞬間が捉えられている。残酷な響きに聞こえるかもしれないが、著者の目と言葉によって描き出される一幕は、生々しさより神々しさを感じる。

 羊や牛、馬などの畜産、猪(いのしし)、鹿、鴨(かも)、鳩(はと)などの狩猟、すっぽんの養殖。どの現場にも共通して必ずあるのは、“無駄なく生かし切る”という可能性を探求していく精神。実現するには、経験や知識による技術が非常に重要である。五感を働かせ、個体に合わせる。緻密(ちみつ)な技術によって肉をつくる人たちを見ていると、「職人」という言葉が頭に浮かぶ。

 以前、私は知人から高級肉をいただき、一緒に子牛登記なるものが添えられていたことがあった。生産者の他に記されていたのは、「ひでみ」という名前や生年月日、3代前まで遡った家系図。牛の情報だった。今目の前でルビーの如(ごと)く輝く牛肉が、命あるものだったことを突きつけられる。この時に湧いた、生産者と生き物に対する感情が幾度となく思い出された。愛情と敬意を持ってつくられた肉を、同等と言わずとも私たちももっと愛情と敬意を持って食べるべきなのかもしれない。

 肉を食べるということは、生命と生命が向き合うこと。味覚を通じて、生き物を知ることができる。私たちは一体となるのだ。食卓で肉に出会ったら、しっかり言葉にしよう。生きる悦(よろこ)びと力を、「いただきます」。

 ◇ひらまつ・ようこ=1958年生まれ。エッセイスト。著書に『野蛮な読書』『味なメニュー』など。

読売新聞
2020年9月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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