細部は考え抜かれ技巧の限りを尽くした壮絶な作品

レビュー

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名探偵のはらわた = THE DETECTIVE DEAD

『名探偵のはらわた = THE DETECTIVE DEAD』

著者
白井, 智之, 1990-
出版社
新潮社
ISBN
9784103535218
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

細部は考え抜かれ技巧の限りを尽くした壮絶な作品

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 豪快な法螺(ほら)話を緻密な脚本で。

 白井智之の作風を一口で言えばそういうことになるだろうか。言葉を喪うほどの奇想が満ち満ちているのに、どの細部も考え抜かれており、筋道の立たない箇所はない。『名探偵のはらわた』は、その白井が技巧の限りを尽くした壮絶な作品だ。

 浦野灸(きゅう)探偵事務所で働く青年・原田亘が物語の主人公である。はらだわたる、略して「はらわた」が名探偵の助手を務めるからそういう題名なのかと思いきや、もう少し深い訳があることが後に判る。四つの謎が描かれる連作形式の物語であり、巻頭の「神咒寺(かんのうじ)事件」では七人の男女が寺で火災に遭い、一人を残して全員が死亡するという事件が描かれる。

 白井は文章にさりげなく謎解きの手がかりを埋め込むのが得意な作家であり、「神咒寺事件」でもその技巧が楽しめる。だが、物語が本当の姿を現すのは謎が解かれた後だ。とんでもないことが起き、世界の見え方ががらりと変わってしまう。そういう話だったのか、と私は仰天した。

 企みの多い小説なので、これ以上の内容紹介は困難である。いくつかネタばらしにならないように書くと、本書で扱われる事件にはいくつかの元ネタがあることが、あらかじめ明かされている。横溝正史が『八つ墓村』の着想を得たとされる「津山三十人殺し」、女性が愛人の性器を切り取って逃走した「阿部定事件」、無差別殺人の走りとも言うべき「青酸コーラ事件」などだ。本書は、探偵がそれら事件の犯人に知恵比べを挑む話なのである。ある特殊設定がそのために導入されており、この物語ならではのルールに則った謎解きが行われる。これ以上は書けない。本の題名もヒントになっている、と書くのはぎりぎりセーフだろうか。

 一つの謎にいくつもの推理が呈示される多重解決型のミステリーでもある。探偵のキャラクターにも驚かされるはずだ。他で読んだことがない話を欲している人は必読である。

新潮社 週刊新潮
2020年9月24日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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