華文ミステリーの傑作 一風変わった安楽椅子探偵もの

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  • 13・67 上
  • 世界を売った男
  • 傾城の恋/封鎖

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華文ミステリーの傑作 一風変わった安楽椅子探偵もの

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

“華文ミステリーの傑作”と話題を集めた陳浩基『13・67』(天野健太郎訳)が文庫化された。年代を遡りながら、一人の名刑事とその部下が挑んだ難事件が語られていく。

 第一話の舞台は二〇一三年。名刑事だったクワンは今は末期癌で入院し、病院で昏睡状態。彼の弟子であるロー警部は、クワンの脳波による「YES」「NO」の回答だけで実業家殺害事件の真相を導き出そうと試みる。一風変わった安楽椅子探偵ものだ。第二話の舞台は二〇〇三年。マフィアの抗争が絡んだ事件をローが追う一方、退職したクワンも何やら裏で動いている様子。第三話は香港の中国返還が迫る一九九七年。凶悪犯罪者の脱走事件が発生。クワンはローを連れて意外な行動に出る。毎回タイプの異なるミステリーの仕掛けが用意され、最後の第六話では一九六七年へとたどり着く。浮かび上がってくるのは現代香港史と、一人の男の人生だ。

 作者の陳浩基は香港出身、二〇一一年に台湾の出版社が主催した第二回島田荘司推理小説賞を受賞。受賞作は『世界を売った男』のタイトルで邦訳が刊行された(玉田誠訳、文春文庫)。刑事として夫婦惨殺事件を捜査していたはずが、ある日目覚めるとなんと六年分の記憶を喪失していた男が主人公。女性記者から事件は解決したと聞かされるが、違和感をおぼえた彼は関係者を訪ねまわり、真相に近づく。事件の真実、記憶喪失の理由に驚かされた。

 香港が舞台といえば中国の作家、張愛玲の作品集『傾城の恋/封鎖』(藤井省三訳、光文社古典新訳文庫)も。上海生まれの著者は一九三九年に香港大学に進学、そこで日本軍の香港攻略を迎えている。その体験を綴った「戦場の香港―燼余録」では爆撃の怖さなども描かれるが、非日常に浮足立つ女子大学生たちの姿は活き活きとしている。映画化もされた「傾城の恋」は上海のバツイチの令嬢が遊び人の青年実業家に見初められ、香港で恋の駆け引きを繰り広げる。だが開戦により状況は一変。どれも今読むと、改めてこの地の激動の歴史を思う。

新潮社 週刊新潮
2020年9月24日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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