『テロリストの家』
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公安刑事の息子がテロに関与した容疑で逮捕された! 思わぬ事態に職場でも家庭でも孤立していく男の戦いを描いた最先端のスパイ・ミステリ!
[レビュアー] 日下三蔵(書評家)
現代を舞台にした最先端スパイ・ミステリは、公安警察と国際テロ組織の対立がテーマ。警察組織や日本社会を巻き込みながら、主人公の公安刑事は、日本と家族を守れるのか。中山七里デビュー10周年記念プロジェクトである「12ヶ月連続刊行」の中の1冊。本作について、書評家の日下三蔵さんが読みどころを解説する。
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2009年に『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビューした中山七里は、2019年までに40冊以上の著書を刊行している。中間小説全盛の昭和の頃ならいざしらず、現在のミステリ作家としては、かなりの多作家ということになる。
だが、中山七里の場合、驚くべきなのは作品数の多さではなく、扱うテーマやスタイルの多彩さと、一貫したクオリティの高さだろう。音楽ミステリ、法廷ミステリ、医学ミステリ、ユーモア・ミステリ、警察小説、社会派ミステリ、恋愛サスペンスからハードボイルドまで、その作品はひとりの作家のものとは思えないほどバラエティ豊かだが、最新作の本書は、なんとスパイ小説である。
警視庁公安部外事第三課に所属する幣原勇一郎は国際テロを担当する敏腕刑事だ。捜査対象の外国人のアパートに盗聴器や監視カメラを仕掛けて張り込みを続けていた幣原だったが、なぜか急に、内勤の資料整理を命じられてしまう。なにかミスでもしたのだろうか?
数日後、幣原の自宅を同僚の刑事が訪れる。大学院生で就職活動中の息子・秀樹を逮捕するというのだ。秀樹にはイスラム国の兵士募集に応募した容疑がかかっていた。
まさかと思う一方、公安部の調査能力を知る幣原は、捜査線上にあがった息子を信じることが出来ない。妻の由里子や娘の可奈絵からは、職務のために秀樹を差し出したのかと非難され、職場では家族がテロリスト志願者だと気付かなかったのかと責められ、幣原は居場所を失っていく。さらに事件が報道されると、幣原家は「国民の敵」として激しいバッシングに晒されることになる。だが、これは彼ら一家を襲う悲劇の始まりに過ぎなかった……。
日本でも、結城昌治、三好徹、西村京太郎らによって優れたスパイ小説が書かれているが、それは東西冷戦を背景にした時代の話だ。現代を舞台にするなら、公安警察と国際テロ組織の対決という構図しかない訳だが、刑事の息子がテロリストとして逮捕される、という一見シンプルなアイデアで、緊張感に満ちた作品を生み出す筆力、構成力は特筆に値する。
主人公は刑事としてテロリストに向き合うだけでなく、警察組織、日本社会、何より家族と対峙しなくてはならない。本書は意外性抜群のスパイ小説であると同時に、第一級の家族小説でもあるのだ。