[本の森 SF・ファンタジー]『日本SFの臨界点』伴名練

レビュー

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日本SFの臨界点[恋愛篇]

『日本SFの臨界点[恋愛篇]』

著者
伴名 練 [編集]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784150314408
発売日
2020/07/16
価格
1,100円(税込)

書籍情報:openBD

日本SFの臨界点[怪奇篇]

『日本SFの臨界点[怪奇篇]』

著者
伴名 練 [編集]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784150314415
発売日
2020/07/16
価格
1,100円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『日本SFの臨界点』伴名練

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 SFアンソロジーが花盛りだ。力のこもったセレクションが次々に刊行されている。その中でも話題を呼んでいるのが、去年、『なめらかな世界と、その敵』がヒットした伴名練(はんなれん)氏による『日本SFの臨界点』(ハヤカワ文庫)。[恋愛篇][怪奇篇]の二冊が同時刊行されたこの企画、『なめらかな……』が売れたことによって実現したものだそうだが、SFというジャンルへの、そしてその書き手への応援の想いが横溢していて胸が熱くなってしまう。

 各編の前に置かれた、短編に焦点を絞った作家紹介がまずすごい。端的な解題にもなっているのだ。書籍初収録の「掘り起こし」作品は、珍品としてではなく読まれるべき理由があるものとして差し出され、新作の発表が途絶えている作家については、本の作り手(つまり編集者)に対し目配りを促している。この前説を読むだけで、世の中にはひっそりと存在している面白い小説がどれだけあるのだろうと、なにかじっとしていられないような気持ちになる。

[恋愛篇]には円城塔など九人の、[怪奇篇]には中島らも、津原泰水ら十一人の中短編が収められている。知名度の高い作家の作品も盛り込みつつ、たとえば[怪奇篇]には、将来を期待されながらも「SFのような空想の世界などは夢のようで嫌いだ」という夫の一言で書くことを断念した光波耀子(みつなみようこ)という知る人ぞ知る書き手の短編が入っている。一九六一年に同人誌に発表されたその「黄金珊瑚」は、平和な町の高校の実験室で発生した黄金色の珊瑚樹が、人間の脳に触手を伸ばし住民たちの思考を奪うという物語。クラシカルで端正な恐怖とでも言いたいものがストーリーの後ろで終始蠢いている。また、伴名氏が強い影響を受けたと述べている石黒達昌の「雪女」は、戦前に北海道中部の村で起きた低体温症の女性を巡るある事件の真相が、七十年後に見つかった医師の日誌と老看護婦の証言によってひもとかれていくというミステリー。実験の記録を読んでいるかのようなそれこそ低温の文章が、ページをめくる手を小さく震わせる。

 対照的にほのかなぬくもりがいつまでも心に残るのは、[恋愛篇]に収められている小田雅久仁の「人生、信号待ち」。信号がなぜかいつまでも青にならないため、高速道路の下の空間から出られなくなってしまった男女の不思議なファミリーヒストリー。そういえば小田氏の長編『本にだって雄と雌があります』も、奇天烈でハートウォーミングな家族史だったと思い出す。

 前説がすばらしいと先に書いたが、編集後記も圧倒的。SFに興味を持った人への親切な「道案内」が、紙幅の許す限りといった感じの筆致で書かれている。好きなものを勧める手つきに感動せずにはいられない、これはそんな傑作選なのだ。

新潮社 小説新潮
2020年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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