『全部ゆるせたらいいのに = I WISH I COULD FORGIVE EVERYTHING』
- 著者
- 一木, けい, 1979-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784103514428
- 価格
- 1,485円(税込)
書籍情報:openBD
[本の森 恋愛・青春]『全部ゆるせたらいいのに』一木けい/『星月夜』李琴峰
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)
一木けい氏『全部ゆるせたらいいのに』(新潮社)は、心が痛くなる小説だ。登場人物と読者という関係を超え、主人公・千映の隣に行き「もう苦しまないで」と言い肩を抱きしめたい。彼女と似た境遇の知人の姿が重なり、切なくてたまらない。そんな気持ちが読んでいる最中から溢れてきてしまった。
千映は、高校時代からの恋人である宇太郎と結婚し、1歳半になる恵を育てている。愛する家族との幸福なはずの生活に影を落としているのは、宇太郎の過度な飲酒である。アルコール依存症の父親に振り回されてきた千映は、心配するあまり宇太郎を追い詰めてしまう。そして、恵もいつか自分のようになるのではないかという不安から、母親として自信を持てずにいる。
千映の母は、自由な暮らしを好む恋人との間に娘を授かり、その生き方を尊重しながら貧しくとも温かい家庭を築こうとする。父は、娘の将来のために企業で働く道を選んだものの、仕事のストレスで酒に溺れ、暴力と理不尽な言動で千映の心身を痛めつけるようになってしまう。愛があるはずなのに家庭が破滅していく過程が、両親の視点からも丁寧に描かれていく。
千映は父親に苦しめられても、その内側には自分に対する愛があることを知っているから、関係を断ち切ることができない。愛という言葉は、人を縛る。一方で解放する力もあるものなのだと思う。「諦めるんじゃなくて、ゆるせたらいいのに」という千映の言葉が、読後も重く心に残る。自分を変えようともがき苦しむ彼女の幸せを、願わずにいられない。
李琴峰(りことみ)氏『星月夜(ほしつきよる)』(集英社)は、留学生として来日し、東京で出会った二人の女性の物語だ。主人公は、大学で非常勤の日本語講師として働きながら研究を続ける台湾人の柳凝月(りゅうぎょうげつ)と、新疆ウイグル自治区出身のムスリムで、化学者になるため大学院進学を目指している玉麗吐孜(ユーリートゥーズー)。故郷の閉塞感から逃れるために留学してきたこと。同じ言語を話すこと。そして同性愛者であること。いくつもの共通点がある二人は、講師と生徒として出会い恋人同士になる。両親の束縛から逃れ日本で自由に生きようとする柳凝月と、故郷の厳しい政治的状況や家庭の事情を抱え、過去の辛い経験に苦しみ続ける玉麗吐孜の間には、同じ言語で意思疎通ができても、乗り越えることの難しい壁がある。
著者は柳凝月と同じく台湾出身で、翻訳者としても活動しながら日本語で小説を書いている。言葉に対する考察ははっとするほど新鮮で、自分がいかに母国語を無自覚に使ってきたかに気づかされた。人と人とがわかり合うってなんだろう? と改めて考えさせられる小説であり、主人公二人が語り合いながら夜空を見上げる情景の静謐さと、交わされる言葉の美しさが心打つ恋愛小説だ。