ジョージ・オーウェル 川端康雄著

レビュー

18
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌

『ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌』

著者
川端康雄 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004318378
発売日
2020/07/18
価格
968円(税込)

書籍情報:openBD

ジョージ・オーウェル 川端康雄著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 「下層階級は臭い」。二十世紀の前半という激動の時代を生きた英国の作家、ジョージ・オーウェルは、出世作となったルポルタージュ『ウィガン波止場への道』でこう書いた。上層中産階級の家庭からはみ出し、社会の最底辺の労働者たちと入り混じる生活を選ぶことで作家となった人物である。その生き方を、川端康雄は本書で「一種の亡命者(エグザイル)」と呼んでいる。

 「臭い」という文句は、少年時代に教えこまれたステレオタイプを、批判の意図をこめて引用したものである。ところが同時代の「正統」な左翼知識人からは悪評を呼ぶことになる。上面だけのポリティカル・コレクトネスをふりかざして他者を攻撃する風潮は、すでに一九三〇年代に始まっていた。

 オーウェルは、左右双方の政治勢力による自由の抑圧や、階級社会における不平等に対して、きびしい批判を続けた。だが、現実を見る目は冷静で繊細である。絞首台にむかう歩みの途中で、水たまりをひょいと避ける死刑囚の足どりが見せる、人間らしいしぐさ。貧しい住宅に住んでいても、窓辺に葉蘭(はらん)を飾ることで生活の品位を保っている労働者たち。悲惨な状況の片隅からユーモアと希望が輝きだす瞬間を、オーウェルは見逃さない。

 想像力を駆使するよりも、みずからの観察を大事にする作家だった。この評伝は、きびしい放送規制のもとでラジオの仕事をしたことが、小説『一九八四年』で描かれたディストピアのモデルになったと指摘する。『動物農場』における動物たちや農作業の描写も、作家本人の田園生活が下敷きになったという。

 十九世紀の作家チャールズ・ディケンズについて、「寛大さをもって怒っている人の顔」と評した文章を、オーウェルの自画像でもあると川端は指摘する。この身構えは現実に対する見かたとも重なるだろう。矛盾に満ちた世界で人間らしく生きる知恵も、おそらくそこにある。

 ◇かわばた・やすお=1955年、横浜市生まれ。日本女子大教授。訳書にオーウェル『動物農場』など。

読売新聞
2020年9月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加