星月夜 李琴峰著 集英社

レビュー

5
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星月夜

『星月夜』

著者
李琴峰 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717198
発売日
2020/07/15
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

星月夜 李琴峰著 集英社

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

 光景のことをよく考える。すぐ隣にいる人が、自分とは違う光景の中にいる。そのことを、興味深く、一方ではどこか不思議なこととして、自分には見えない無数の光景を想像していた。

 『星月夜』を読みながら、自分が漠然と感じていた人それぞれの「光景」というものが、想像より圧倒的に広大で、同時に逃れられないものでもあるのだと感じた。人は、情報を知った時、その人の光景も知ったような気持ちになることがある。それがどれほど傲慢(ごうまん)で、一面的であったか、登場人物の眼差(まなざ)しの先や記憶の中にある「光景」の数々に思い知らされる。

 『星月夜』の舞台は日本だ。台湾出身の柳凝月は、大学の非常勤講師として留学生に日本語を教えている。その生徒である玉麗吐孜は、新疆ウイグル自治区出身だ。柳凝月と玉麗吐孜は同性愛者で、恋愛関係にある。

 それぞれの光景は、繊細な言葉たちで丁寧に紡がれる。読者は、光景の中にはそれぞれの歴史と文化、そしてサウンドがあることを改めて知る。小説にしかできないことだと思うが、日本語を母国語とする自分のような人間にも、玉麗吐孜の「聞き取れない」日本語の響きや、故郷の記憶の中にある音を「聴く」ことができる。柳凝月はまた彼女とは違う記憶とサウンドでできた光景の中にいる。柳凝月は「一人の人間について、一体どこまで分かれば、『分かっている』と言えるのか」と考える。玉麗吐孜は「自由って何?」と彼女に問いかける。

 小説を読み終えたあと、浮かんでくる言葉は「美しい」だった。けれど、本当にいいのか、しばらく悩んだ。「美しい」という言葉はあまりに頻繁に、乱暴に使われていて、この唯一無二の物語に本当にふさわしいのだろうか、と。「自分の言葉」について問われているような気持ちになる、この特別な物語に。けれど、再読を繰り返し、この小説には、汚れた意味を取り除いた「美しい」という言葉を捧(ささ)げたいと思った。

読売新聞
2020年9月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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