「藤井聡太がいる現実」より面白い!? 史上初の女性プロ棋士の誕生が、将棋界を揺るがす感動作『盤上に君はもういない』

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盤上に君はもういない

『盤上に君はもういない』

著者
綾崎, 隼
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041095959
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

「藤井聡太がいる現実」より面白い!? 史上初の女性プロ棋士の誕生が、将棋界を揺るがす感動作『盤上に君はもういない』

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

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(評者:西上 心太 / 書評家)

 ここのところ、プロの将棋界や棋士をテーマにした小説が増えている。それは一人の天才棋士の出現と無縁ではないだろう。その棋士とはもちろん藤井聡太である。デビュー以来記録ずくめ。この夏にはついに棋聖と王位を奪取し、タイトルホルダーになった。

 彼の対局がほぼすべてネット中継されるおかげで「観る将」を増やし、将棋小説を書こうという作家の創作意欲もマシマシにしているのである……、たぶん。

 だが「観る将」であると同時に「読む将」でもある筆者には、かつてないほど刊行される将棋小説を大いに楽しみながらも不満があった。棋士たちの姿を描いたノンフィクションをこれまで多く読んでいるため、実在する棋士の逸話の方がインパクトがあるからだ。

 中学生プロ棋士が一年で竜王位を獲得する『りゅうおうのおしごと!』で人気の作家・白鳥士郎も、藤井聡太の活躍はフィクションでもそこまで書けないと困惑しているくらいである。

 だがここに「藤井聡太がいる現実」以上に胸躍るフィクションが登場した。それが本書『盤上に君はもういない』である。

「藤井聡太がいる現実」より面白い!? 史上初の女性プロ棋士の誕生が、将棋界...
「藤井聡太がいる現実」より面白い!? 史上初の女性プロ棋士の誕生が、将棋界…

 プロ棋士への最後の関門。それが奨励会三段リーグだ。半年に一度、18局のリーグ戦を行ない、上位二人がプロ棋士になれるという狭き門である。今期のリーグ戦は常にない注目を集めていた。最年少記録更新がかかる13歳の天才少年・竹森稜太と、女性初のプロ棋士誕生が期待される16歳の諏訪飛鳥が揃って三段になり、初参加するからだ。

 二人は順調に連勝を重ねていく。稜太との全勝対決に敗れた飛鳥はやや調子を落とすものの、最終日を迎えて2位をキープしていた。だが思わぬ伏兵が現れる。もう一人の女性奨励会員の千桜夕妃だった。年齢制限ぎりぎりの26歳。病弱のため何度も不戦敗や休場をくり返しながら、ここまで登ってきた女性である。今期も初っぱなから不戦敗を含め3連敗しながら、飛鳥と勝ち星一つ差の3位まで順位を上げてきていた。17局目ではすでに昇段を決めていた全勝の稜太を破り、最終戦に自力昇段の目を作り、飛鳥と対決することになった。飛鳥は敗れれば、夕妃より順位が下のため、頭ハネで昇段はおあずけとなる。死闘を制し、女性初のプロ棋士になったのは……。

 第一部はフリーの観戦記者で、飛鳥に肩入れする佐竹亜弓の視点で語られる。いやはや、将棋でいえばほんの序盤戦なのに、ぐいぐいと物語に引き込まれていく。そして第一部の最後、初めて誕生した女性棋士の思いもよらない行動が、将棋界を揺るがせる。

 むむ。これはフィクションでなければ書けない展開ではないか!

 天才少年、病弱、棋士まであと一歩の女性。これらの設定は、ちょっとした将棋ファンなら、誰をモデルにして描いたものか、容易にわかるであろう。だがどのキャラクターもステレオタイプに陥ることはない。彼らを充分に掘り下げて描いているので、オリジナリティのあるリアルな人間として、眼前に浮かび上がり、誰がモデルなのか、そんな些末なことが一切気にならなくなるのだ。

 その中でも、もっとも重要なキャラクターが千桜夕妃である。病の身を抱え、親から勘当されながらも初心を貫く。体力のないことから、早指しを心がけるのだが、実は相手の考えていることを読み取ることに秀でているのだ。だがその能力は、将棋を介して彼女が対峙し続けた、ある人物から会得したものでもある。

 一方、夕妃のライバル諏訪飛鳥はプロ棋士一家の生まれである。永世称号を持つ元タイトルホルダーの祖父。その娘である母は女流棋士で父も元プロ棋士。だが彼女は単なるサラブレッドではない。幼くして頭角を現わしたが、それは子供同士の間だけの話だ。実力も年齢も上の祖父の弟子たちにさんざん揉まれ、誰よりも多くの敗北を知っている女性なのだ。彼女は劣等感に苛まれながら、強い意志で力を付けてきた「雑草のような人間」ともいえる存在なのだ。

 対照的に、将棋ばかりかeスポーツでも才能を見せるのが竹森稜太である。コンピューター中心の研究を貫き、天才の名をほしいままにする有言実行型の自信家である。だが、ある人物に対しては、逃れがたい感情を抱えている人間くさい一面も有している。

 彼ら三人と、血のつながらない姉の夕妃を密かに慕い、見守ってきた弟の智嗣。第二部からは彼らに視点人物を務めさせながら、彼らの過去と現在、将棋への思いが掘り下げられていくのである。

 「将棋は愛の戦い」であり「この世で最も相手を想い合うゲーム」というある人物の述懐が胸を打つ。

 意外な展開でわくわくさせ、勝敗という単なる結果に留まらない感動を呼び起こしてくれる。「観る将」「読む将」だけでなく、小説を愛するすべての人に読んでいただきたい、フィクションの力と凄味を見せつけた傑作である。

▼綾崎隼『盤上に君はもういない』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322002000999/

KADOKAWA カドブン
2020年9月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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