「オンラインでは採算がとれない」世界のオタクイベントが直面する苦悩

インタビュー

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海外オタ女子事情

『海外オタ女子事情』

著者
劇団雌猫 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041076316
発売日
2020/06/19
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「オンラインでは採算がとれない」世界のオタクイベントが直面する苦悩

[文] カドブン

ここ数年、ファン同士が交流する場として増え続けていた世界のオタクイベント。コロナ禍においてほとんどのイベントが中止される今、世界のオタクたちは何を思うのか。『海外オタ女子事情』でもアドバイスをいただいたIOEA(国際オタクイベント協会)代表の佐藤一毅さんと、ロシアのアニメイベント「AniCon」を立ち上げ、現在IOEAのスタッフとして働いているマリナさんに、劇団雌猫のもぐもぐさんがインタビューしました。

■世界のオタクイベントが盛り上がっていた矢先に……

――今年(2020年)は、オリンピックに合わせてIOEAが舵を取る形で国内で大きなイベントを準備されていたと聞きました。

佐藤:はい。私が代表を務めるIOEA(国際オタクイベント協会)は「オタクイベント」をつなぐ非営利国際組織で、2015年3月に17カ国30イベントが協調してできた団体です。設立から5年の節目ということ、そしてオリンピックイヤーということで、国際文化都市を目指している豊島区さんと共催で、オリパラ公認事業という形をとり、池袋で「オタクサミット」として様々なイベントを行っていく予定でした。

 もともと僕はコミケをはじめとする同人イベントに携わってきた人間で、現在も同人イベントのネットインフラである「Circle.ms」を運営しています。そうした経験から世界のオタクたちが会する場をつくろうと思い、その総決算の場となる予定でした。

――開催の見送りが決まったのはいつごろでしょうか?

佐藤:4月の頭です。正直3月の時点で、「開催できたとしても、この状態で思い通りにやれるのか」という思いもありました。延期したことに対して多くの方に「残念だ」と言っていただきましたが、さすがに「やるべきだ」と言う方はいらっしゃいませんでしたね。

 無観客で、等身大のパネルを並べるなどの方法により、規模を縮小して行う選択肢もあったかもしれませんが、オリパラ関連の公認事業として予定通りに行うことが重視されていましたし、最終的にイベントそのものをスライドする対応をとりました。

 併せて、IOEAとしては、過去に出してきた「オタクイベントカタログ」の最新版を出すことを予定していました。世界各国のイベントのタイトルから主催者名、連絡先までを網羅した電話帳のようなものです。8割方出来上がっているのですが、今回のコロナ問題ですべてのイベントが中止になってしまったので、こちらも延期に。来年のオタクサミットに併せて、改めて内容を追加して出せるよう頑張りたいです。

――世界各国のオタクイベントをつなぐ活動を始めて5年。イベントの登録数はどれくらい増えているのでしょうか?

佐藤:2017年に掲載したイベント数が約100本なのに対して、今回は150本ほどが掲載されているので、単純計算でも1.5倍ですね。参加者で言うと600万人ほどになっています。もちろん、IOEAに登録されていないイベントもあるので、これがすべてとは言えないですが、全体としてはオタクイベントの数も動員数も拡大傾向にあるのは間違いないと思います。

――1.5倍! 日本だけでなく、今年は世界的にイベントの中止を余儀なくされていますよね。この状況に対して、世界のイベンターはどのように受け止めているのでしょうか?

佐藤:「しょうがない」としか言いようがない感じですね。最後に滑り込みで開催したのが、おそらく2月にタイで行われたジャパンエキスポタイランド。大きめのイベントだとそれが最後になったと思います。

■オンラインのオタクイベントは盛り上がっているのか

――3月ごろはイベントの中止や延期が目立っていたかと思うのですが、現在はオンラインに変更しての開催も増えていると聞きました。

佐藤:中止が決まったのとほぼ同時期に、オンラインへシフトしていく流れはありましたね。現在は大きなイベントのほとんどがオンライン対応となっているのではないでしょうか。実際、やれることがオンライン以外何もないというのもありますし、世知辛い話をすると、運営の事情でチケットを買ってくださったお客様に返金対応が難しいところも多いので……。

 加えて、オンラインも含めて、何かしらの形で集まらないと求心力を失ってしまうという事情もあると思います。エアコミケなどもそういった状況への対応のひとつですよね。

――なるほど。いつもとは違う形であっても、まずは「集まる」ことを重視しているんですね。オンラインではどのような内容のコンテンツを打ち出しているんですか?

佐藤:イベントに来てもらうはずだったゲストのトーク配信などが多いです。あと、アメリカでは、参加者たちが作品やキャラクターを解釈・考察したり、名シーンをプレゼンしたり、オタクカルチャーを分析したりするセミナーが充実しているので、研究発表の場を残そうという動きがありますね。

 モスクワで行われているイベントでは、海外から出てもらうはずだったゲストにオンラインでのトークを依頼したり、ゲストのパフォーマンスのMV(ミュージックビデオ)を流したり。過去のイベントの総集編ムービーを流したものもありました。

 一方でコスプレイベントは、人に会いにいくこと自体が目的という側面もあるので、オンラインで写真を掲載するだけとなるとInstagramとあまり変わりありません。

 オンラインイベントであっても、イベントに来てくれる方々に横のつながりを提供できる機会を作りたいという気持ちがあるので、それをいかにして実現するかが難しいところです。

劇団雌猫さんの著書『海外オタ女子事情』
劇団雌猫さんの著書『海外オタ女子事情』

――『海外オタ女子事情』で取材した海外のコスプレイヤーさんたちも、「イベントに行くのは直接会って友達を作ることが目的」と話していました。同じ作品を好きな友達ができる大切な場だったでしょうし、単純に、やっぱり対面でのコミュニケーションが取れなくなるのはちょっと寂しいなって感じちゃいますよね。

佐藤:10年くらい前までは、物を買うことがイベントに行くメインの目的でしたが、昨今オンラインでなんでも見ることがでるし、買えるようになっています。そのため、近年は友達を作ったり人に会いに行ったりといったコミュニケーション面への需要が高まる傾向にありました。

 IOEAのスタッフであるマリナもロシアのサンクトペテルブルクでコスプレイベントを主催しています。僕が彼女と知り合ったのも、彼女のイベントに足を運んだのがきっかけなんですよ。コスプレイベントって、コスプレを見てもらうのはもちろんですけど、やはり人との交流、出会いをみんな重要視しています。

マリナ:私も今いるオタク友達のほとんどが、コスプレイベントでの活動を通してできました。ロシアで開催されるイベントはほとんどがコスプレイベントですが、そこに足を運ぶ人たちの目的は、仰る通り、コスプレ自体よりも友達を作ること。イベントに行けばもっと友達を増やすことができるという認識です。

 私はサンクトペテルブルクに引っ越したのをきっかけに、参加者としてイベントへ通うようになって、そのうちにやりたいアイデアがたくさん湧いてきて、自分でイベントをやってみたいと「AniCon(アニコン)」を立ち上げました。現在は年に2回ほど開催しているのですが、2020年の夏イベントは中止に。12月に予定しているイベントについても状況をみながら判断することになりそうです。アニコンもパフォーマンス(コスプレして歌やダンス、演技を披露する。海外ではメジャーなコスプレの楽しみ方)中心のイベントなので、どう対応するか難しいところですね。

 コスプレイヤーは衣装を自分で作ることが多いんですけど、ロシアでは洋裁材料のお店自体開いていませんし、配達も行われません(9月現在)。だから参加者の準備も難しい状況です。

AniConでの撮影ブースの様子(マリナさん提供)
AniConでの撮影ブースの様子(マリナさん提供)

佐藤:インフラ面も大事ですね。オンラインイベントを開催できているところは、アメリカやヨーロッパ圏といった、ネットや運送が発達していて、比較的余裕のあるエリアでもあります。

マリナ:オンラインイベントのコンテンツとしても、新たなものを発信するというよりは、過去数年のイベントから特に面白かったり良かったりしたパフォーマンスを再配信する形をとっているものが多いです。

――リッチなコンテンツは、通信環境にも大きく左右されますよね。5月に行われたエアコミケはTwitterを中心に盛り上がったイメージですが、オンラインイベントの開催場所として、他にはどういったSNSやサービスが使われているんですか?

佐藤:Zoomはよく使われていますね。やっぱり提供したいのはコミュニケーションですから、親和性が高いです。「Zoomで会おうよ」って何百人かで集まった、かなりカオスなオンライン飲み会イベントなんかもありました。

――何百人単位! 会話になるのかな?(笑) 国内でもコミティアがクラウドファンディングを始め、すでに1億2000万円以上を集めていますが(https://motion-gallery.net/projects/comitia 9月25日時点)、大規模イベントの運営を続けていくのも大変ですよね。感染拡大によるイベント中止が与えたダメージは、やはり深刻なのでしょうか。

佐藤:どこのイベントも運営は厳しい状況です。もともと何万人もの来場者があったうえで、経費を差し引いてスタッフがやっと生活できるくらいの運営をしているところが多いので……。

 固定費などは一般のお店よりも少なく済みますが、中止決定のタイミングがギリギリだと場所代も返ってきません。「来年以降の開催ができない」という報告はまだどこの国からも上がってきていませんが、「今年は耐えられるけど、来年も、となると無理だ」など、とても厳しい状況だという声はたくさん耳にしています。

――うーん、大変だ……。オンラインですべてを代替するのも無理がありますしね。

佐藤:なかなか難しいですね。オンラインとなるとどうしても各イベントが似てきてしまう部分はあります。リアルイベントの場合は地域が変わるだけで客層も変わるし独自性が生まれますから。

――参加者側からすると、同じような内容のオンラインイベントがいくつもあると、それぞれの開催意図がわかりにくくなっちゃうかもしれませんね。

佐藤:独自性は大切ですね。各国のイベントを見ても、地元のアニメファンやアーティストとうまく連携しているイベントは愛されますし、順調に成長していっているように感じます。

 僕自身がコミケの運営出身だからというのもありますが、アーティストアレイ(クリエイター自らが出展するブース。サークルスペースのイメージ)の割合を増やすなど、日本からのゲストやその国でプロとして活動している人たちだけではなく、地元のコスプレイヤーや描き手、アマチュアのクリエイターを育て盛り上げていくようなイベントであってほしいと思います。そのことでアーティストもお客さんも親近感を持つし、それ自体が独自性につながりますから。

 実際に、現地アーティストにフィーチャーしてオンラインで施策を展開しているイベントはお客さんからの支持を集めています。運営側が訴えるより、アーティストやクリエイター自身がイベントへの応援を呼びかけた方が強力ですし、連帯感も強まる。逆に商業イベントに対しては「まぁ別に無くてもいいか」となっているようです。いくつかのイベント主催者からも、その傾向が見えたと聞いています。

イベントでグッズを買い求めるのは万国共通(マリナさん提供)
イベントでグッズを買い求めるのは万国共通(マリナさん提供)

――なるほど。先ほどの「求心力」という話にもつながりますね。

佐藤:オタクのメンタル自体は、この半年で変わったわけではありません。イベントがあれば出たいし、みんな相変わらずオタク(笑)。コロナでアニメが嫌になったとか、嫌いになったという人はそうそういませんよね。

 運営側もダメージを受けてはいるけど、アニメやマンガを嫌いになったわけではない。純粋に次のイベントまで経営的に持ちこたえられれば開催できるし、厳しかったら無理……というだけですね。

 もともとお金が儲かるからという理由で開催しているイベンターって世界でもほとんどいなくて、多くはアニメが好きでイベントを始めて、イベントが大きくなっても根っこはファンという方々が大多数。だからあとは状況次第だと考えています。

――すでにイベントの再開予定が見えている国はあるんですか?

佐藤:上海のCOMICUPは、最初6月に開催予定だったのを、さらに7月に再延期したうえで行われました。香港のイベントは7月に行う予定を延期し10月に開催される見込みです。

――早いですね! それはこれまでと同じリアルイベントの形なんでしょうか?

佐藤:もちろんコロナ対策を行ったうえでの開催だとは思います。僕も行ってレポートしたかったんですが、さすがにちょっと。

――日本では冬コミも中止となりました(現状、2021年5月に延期)。コミケよりも小さい規模のイベントはどうでしょうか。

佐藤:まだまだ多くのイベントが延期していますね。いち早く実施した8月の「超SUPER COMIC CITY」(インテックス大阪)はなかなか厳しそうでしたね……。現状では十分な感染対策をしたうえで規模を縮小してイベントをするしかなさそうです。

 とはいえ、9月に入ってから開催が増えているのも事実です。大規模なものとしては10月には東京ビックサイトで「COMIC CITY SPARK 15」が予定されていますし、まだまだ気は抜けませんが、状況はよくなっていると思います。

 即売会をやっている方々で、大きな投資をしてイベントで儲けようというパターンのイベントはほぼありません。もしイベントが開催できず運営者が困っているようなら、クラウドファンティングはもちろん、関連業界の企業に助けを求める方法もあると思います。

(後編に続く)

取材・文:もぐもぐ 

KADOKAWA カドブン
2020年10月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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