舞台は『点の記』の「剱岳」 幻の初登者がのこした“謎”

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剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

『剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む』

著者
髙橋大輔 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784022516978
発売日
2020/08/07
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

舞台は『点の記』の「剱岳」 幻の初登者がのこした“謎”

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 豪雪と峻険で知られ、いまだ先鋭登山の課題でありつづける剱岳。その全岳人憧れの山に初登した人物は誰か。新田次郎の『劒岳 点の記』で描かれたとおり、一九〇七年に柴崎芳太郎率いる陸軍陸地測量部が当時未踏峰とされた剱に登ったが、このとき山頂では古代の錫杖頭と鉄剣が見つかっている。この遺物をのこした者は誰なのか? この、誰もがわかるわけがないと匙を投げたくなる謎に果敢に挑んだのが本書である。

 著者の高橋はこれまでも昔話の謎解きに取り組んできた探検家だが、文献と現場調査から推察するその独特の嗅覚は今回も存分に発揮されている。物証から初登者が修験者であるのは明らかなので、彼はまず立山信仰との関係から調べる。やがて剱岳独自の信仰の存在に気づき、立山信仰の拠点室堂とは別にのびる長大な早月尾根に初登ルートの可能性を見出してゆく。これ以上はネタばれになるので触れないが、謎解きの過程はじつにスリリングで、解答にも強い説得力がある。

 だが、ミステリーとしても十分面白いが、私としてはまた別の点に魅力をおぼえた。

 それは何か。現代の私たちが見る剱岳は登頂するための山、つまり近代登山の対象としての山だ。しかし初登した修験者にとっての剱は信仰の山だった。高橋氏は調査を進めるうちにこの修験者の「目」を獲得してゆく。ルートを探索しながら彼は剱を遥拝の対象としてつねに意識し、道中の自然物に聖地としての意味を見出してゆく。視点が修験者の世界観と融合し、剱もそのようなものとして記述されるので、読者の目にも剱が変状し、不動明王そのものに思えてくるのだ。

 修験者の世界にはいりこむことで初めて到達できた結論。本書の答えに説得力があるのはそのためだ。人間にとって山とは何か、自然とは何か。そこまで思考を持っていかれるところにこの本の醍醐味がある。

新潮社 週刊新潮
2020年10月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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