崖っぷちの主人公像が起伏のある捜査小説としての読み心地を与えている

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崖っぷちの主人公像が起伏のある捜査小説としての読み心地を与えている

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 ダークな犯罪小説と、理知的な謎解き。両者を融合し、絶妙なバランスで成り立たせたのがジョセフ・ノックスの『笑う死体 マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ』(池田真紀子訳)である。

 主人公のエイダン・ウェイツは、かつて麻薬組織への潜入をきっかけに汚名を背負ったことのある警官だ。現在は、夜勤のパトロール巡査としての日々を過ごしている。

 ある晩、閉鎖され売却を待つホテルに不法侵入があったという通報が入る。パートナーのサティことピーター・サトクリフ警部補と現場に駆け付けたエイダンは、ホテルの一室で異様な笑みを浮かべたまま死んでいる男を発見する。

 警察内部の嫌われ者であるエイダンは、常に危険な立場に身を置き捜査を進める。崖っぷちの主人公像が、起伏のある捜査小説としての読み心地を与えている。

 本書は本格謎解き小説としても秀逸だ。全く身元が分からない“笑う死体”を五里霧中で探る展開に加え、はみ出し者ならではの視点から思考を重ねていくエイダンの推理、さらには終盤に明かされる大仕掛けなど、謎解きファン垂涎の要素がてんこ盛りなのである。

 エイダンのように嫌われ者の警察官を主人公にしたミステリは多く書かれているが、逢坂剛の〈ハゲタカ〉シリーズ(文春文庫)ほど徹底したアンチヒーローの警官を登場させた国産警察小説は無いだろう。本シリーズの主人公、“ハゲタカ”こと禿富鷹秋は目的の為なら警察の仲間を脅し、時にはヤクザから大金をせしめることも厭わない型破りな刑事だ。その非情さが突き抜けており、痛快にさえ感じる。

“悪徳警官”ものと呼ばれるジャンルには、闇に堕ちた人間を描くことで、善悪の彼岸を考えさせる側面がある。ドン・ウィンズロウ『ダ・フォース』(上下巻、田口俊樹訳、ハーパーBOOKS)はまさにその典型だ。ニューヨーク市警特捜部トップに君臨し、刑事の王と呼ばれる刑事マローンの裏の顔を描きながら、悪が生まれる根源を探る小説である。

新潮社 週刊新潮
2020年10月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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