『お誕生会クロニクル』
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現代に生きる私たちの姿
[レビュアー] 古内一絵(作家)
『アネモネの姉妹 リコリスの兄弟』という小説を書いたときに、定点インタビューの面白さに目覚めた。この作品は、「姉妹について書いてほしい」という担当編集氏からのお題によって始まった企画だ。最初は「姉妹」なんてありふれたテーマだし、面白くなるのかなと、少々懐疑的だった。そこで、範囲を兄弟姉妹に広げ、できるだけ多くの方々にアンケートを取る方法で取材を始めてみた。すると、ありふれたどころか、びっくりするほど面白い話をたくさん聞くことができた。競馬関係者等、特殊な職業についている方々にインタビューをすることはあったが、それとは全く違う妙味がそこにあった。眼から鱗(うろこ)が剥(は)がれ落ちた瞬間だった。
次に定点インタビューで小説を書こうと思ったとき、浮かんだテーマが「お誕生会」だった。実は誕生日というのは、戦後に根付いた比較的新しい概念だ。それまで日本では年が明けると「数え」で一斉に歳を取ったため、個人の誕生日を祝う習慣はなかった。満年齢が定着したのは、昭和二十五年に年齢のとなえ方に関する法律が施行されて以降のことだ。
「お誕生会」を掘り下げることによって、戦後の時代を生きる我々のなにかが見えてくるのではないかと考えた。そして再び、思ってもみないほどバラエティーに富んだ「お誕生会」の記憶を集めることができた。母への手作りのプレゼントを「こんなもの」と放置されてしまった悲しい思い出。3・11が誕生日の幼子(おさなご)を持つ、家族の気遣い―。どれもこれも、興味深いことばかりだった。
また、この作品の連載中に、新型コロナウイルスが発生した。奇しくも登場人物は、小学校の先生やスーパーの店員等、コロナの影響を大きく受けた人々だった。ラスト二話は、自(おの)ずとコロナと向き合う物語にもなった。
その意味でも、本作は現代に生きる自分たちの姿を映し出しているのではないかと思う。