『陽眠る』
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ある船と幕府の男たちの物語
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
上田秀人(うえだひでと)の最新作は、ある船が見守る幕府の男たちの物語である。
その船とは開陽丸(かいようまる)。排水量二千五百九十トン、全長七十二・八メートル、最大幅十三・〇四メートル、四百馬力蒸気機関、最大速力十ノット、十八門のクルップ砲を含め、二十六門の大砲を備える、オランダで造船された東洋最強の船である。
この一巻は、六つのエピソードを開陽丸を絡めて描いているが、巻頭の「無念の海」は、鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦いを経て、江戸へ遁走(とんそう)する徳川慶喜(とくがわよしのぶ)を乗せるハメになり、次なる「交渉の海」では、勝海舟(かつかいしゅう)が官軍との交渉を熟考する中、澤太郎左衛門(さわたろうざえもん)が、一度も戦艦として活躍していない開陽のことを嘆く。
前半で圧倒的存在感をもって描かれるのは、開陽には乗らないが、開陽を買いつけたとき、海軍奉行だった勝で、時として二股膏薬(ふたまたごうやく)として幕臣にも命を狙われながら、交渉役を山岡鉄舟(やまおかてつしゆう)に当てるなど、人の器をとことん見極める存在として描かれており、さらに榎本釜次郎(えのもとかまじろう)に対して、その山岡のことを「至誠天に通ずを地でいっている世渡り下手だ」と説く場面は読んでいて、ニヤリとさせてくれる。
続く「荒れる海」「揺れる海」では、開陽は手負いとなりながらも、蝦夷(えぞ)を目指すことを決意。そして全体の挽歌となる「失意の海」「儚き海」では、奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)は崩壊。開陽は、箱館(はこだて)を奪うが……。
本書は幕府海軍史から見た佐幕派激闘史として、これまでにないスケールを打ち出し、その一方で、開陽をあたかも血の流れている人間のごとく深い愛情をもって描いた出色の一巻となっている。