神田法子が読む小島環『泣き娘』 「中華ロマンの味わいの中に浮かび上がる現代社会の問題」

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泣き娘

『泣き娘』

著者
小島 環 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717297
発売日
2020/10/05
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

神田法子が読む小島環『泣き娘』 「中華ロマンの味わいの中に浮かび上がる現代社会の問題」

[レビュアー] 神田法子(ライター)

中華ロマンの味わいの中に浮かび上がる現代社会の問題

 中国の唐代に、葬儀の際に故人の名誉のために泣く「哭女(こくじょ)」と呼ばれる職業があった。本作は中国史上唯一の女帝である武則天(ぶそくてん)の統治下、都の神都を舞台に泪飛(るいひ)という国一番と評判の哭女を主人公にした物語だ。泪飛は何をもって国一番の哭女となったのか。その姿の可憐さもさることながら、亡き人の人となりや思い出を丁寧に聞き取り、哀切に満ちた歌で故人のことを歌いあげ、惜しみなく本物の涙を流し、周囲をも涙に誘うその物語性によるものが大きい。物語はさらに物語を呼び、さまざまな死にまつわる謎解きのミステリ要素を加えた展開になっていく。
 唐代の白の喪服に身を包み哭女の役目を果たした泪飛は、喪服を脱いで燕飛(えんひ)という本来の少年の姿に戻り、十三歳にして幼い妹や弟を養い面倒を見ている。哭女の仕事は右聴(うちょう)という周旋屋の老女によって借金や家賃の形(かた)として管理されており(その実、守られている部分もあるのだが)、貧富の格差や社会的搾取の構造が浮かび上がってくる。作家の本領発揮とも言える美しいコスチュームプレイ的な表現(白い喪服、赤地に黄色の豪華な刺繡の施された異形の扮装、異性装など)や古(いにしえ)の都市間での移動の描写などで中華ロマンの味わいを堪能させつつも、一方で現代的な問題の本質に鋭く迫っている。燕飛は小役人の父が事故死し、後を追うようにして母が病で逝かなければ、泪飛になることはなく、夢に向かって学びの道を歩んでいたかもしれない。現代の貧困問題や、目の前にいる人があっという間に音もなく亡くなってしまうポスト・コロナ時代を象徴するかのようで、私たちの物語として意味を帯びてくる。さらに死の謎解きと共に立ち上がってくる民族間の軋轢(あつれき)による激しい差別的感情とそれを嘆く感情の対立や、役人・国家の形骸化もまた、私たちが今向き合っている物語だ。燕飛は年上の貴族青年・青蘭(せいらん)との友情や家族の愛、周囲の理解を得て、過酷な時代に抗(あらが)って新たな一歩を踏み出す。先の見えない現代にいる私たちが見出す希望がそこにある。

神田法子
かんだ・のりこ● ライター

青春と読書
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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