『魯肉飯のさえずり』
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豚肉と八角の香りが沁みる 故郷の異なる母と娘の痛み
[レビュアー] ピカ子(メイクアップアーティスト)
「ママがずっとわたしの恥部だった」
腰巻に書かれたこのフレーズ、装丁には主人公と思しき、物憂げな表情だが暖かく豊かな色彩で描かれた少女、そして発刊から数日しか経っていないホヤホヤ感。様々な感情を掻き立てられ本書を手に取った。
日本人の父と、日本語が上手でない台湾人の母との間に生まれた娘、桃嘉の物語だ。
就職活動に失敗し逃げるように結婚した彼女は専業主婦として理想の夫に尽くしていた。ところが、学生時代から何も為してこなかったという思いから、彼女は結婚生活に疑問を持ち始める。幼少から抱き続けた日本人でない母へのジレンマ、許容するしかなかった家庭環境で迎えた無言の思春期を回想することで膨張した「何か」が夫とのコミュニケーションを阻害しはじめ、やがて優しかった夫に一つ一つ大切なものを踏みにじられていく。岐路にたった彼女が選んだ選択肢とは?
「だれといても、どこにいても、自分のいちばん近くにいるのは自分自身なのよ。(中略)だれよりもあなたがあなた自身のことをいちばん思いやってあげなくては。自分自身をないがしろにしながらひとさまのことを大事にしようだなんて、そんなのできっこないのよ」
台湾人の母、秀雪が桃嘉との摩擦に行き詰まったときに、遠い母国から見守る自分の母に電話で掛けられた言葉だ。
漢字とひらがなの絶妙なバランスで表現された台湾語での会話からは、桃嘉と接する秀雪自身の幼稚とは違う拙さと思いも伝わってくる。台湾語・中国語を交えた文体で記された桃嘉と母の会話を読めば、彼女たちのルーツに対する敬意と羞恥、台湾人と日本人の距離感の違いを、少しだけ理解できた感覚になる。母娘にとって互いの祖国は特別だけれど、知ろうとすればするほど距離が開いてしまう。そんなアンビバレンスが錯綜する二人に言葉を超えて届く魯肉飯のさえずり。
桃嘉が理想の夫に「こういうの日本人の口には合わないよ」と苦笑されてしまった魯肉飯、心の声を取り戻すことができたからこそ改めて大好きになれた母の魯肉飯、その豚肉と八角の馥郁たる香りを通して描かれる人間関係。台湾生まれ日本育ちである著者、温又柔の持つルーツがあるからこその作品であり感涙のストーリー。
我々が期せずして開眼するときは、さえずりの如く控えめでありながら、どこかしら眩しいものがきっかけとなるものだ。