『恋する少年十字軍』
書籍情報:openBD
深刻に見せない筆致で描く 「家族」という制度への革命
[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)
平成の三十年間を経て、文学は「家族」に引導を渡した。毎日当たり前のように児童虐待やネグレクトが報じられ、また、家族という病、毒親などの見出しが書籍や雑誌を飾っているが、日本の近代文学は、そのはじめから家族との葛藤を描き、現代文学ではもはや家族は機能不全なのがテンプレートになっている。
七編を収めた短編集の表題作「恋する少年十字軍」はさらに先を行く。独身女性の労働・貧困、子どもに対するネグレクトなど、現在進行形の社会問題が扱われているが、まったくもって深刻には見えない。それは、作者の筆致が、読者につねにうっちゃりをかけるからだ。どの作品も、夢のように、生々しくはあっても必ずどこかしらズレている。いわばボタンを掛け違いながらも、人物たちは意に介さずに物語を進めていく。
しかしここには、夢のように意識下からの現実へのメッセージが隠れている。表題作の主人公の四十代女性は、休職中に奪われた仕事に関しては怒りを露わにするが、知人のシングルマザーからいきなり子ども二人を預けられても、さほど抵抗もなく受け入れる。男に会うために子どもを捨てる親への倫理的非難はない。子どもたちも、動じない。親が子を捨てるのが当たり前という世界は、夢は夢でも予知夢なのかもしれない。
「他人同士が集まってにせ家族をつくるのは難しい。でも、家族が集まってにせ家族を作るよりも簡単」と無邪気にうそぶく主人公は、しかし本作において幸せを掴むことはない。家族はもはや倫理的に必要な制度でないとしても、まだそれに代わる安定もないというのが現状なのか。
早助の飄々とした筆致の裏には、事態を変える何かが潜んでおり、それが血塗られた革命という不気味なモチーフとして他の作品にもちょこちょこ現れる。どこまでが作者の意識的な願望かは知らないが、家族に関する革命はたしかにすぐそこまで迫っている。