『アウシュヴィッツ潜入記』
- 著者
- ヴィトルト・ピレツキ [著]/杉浦茂樹 [訳]
- 出版社
- みすず書房
- ジャンル
- 歴史・地理/外国歴史
- ISBN
- 9784622088301
- 発売日
- 2020/08/19
- 価格
- 4,950円(税込)
書籍情報:openBD
アウシュヴィッツ潜入記 ヴィトルト・ピレツキ著
[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)
映画化に値するすさまじい記録だ。ナチス・ドイツに占領されたポーランドの地下抵抗組織の一員だったピレツキは、1940年9月、わざと捕まりアウシュビッツに送られた。彼の任務は、収容所で同志を集め武装蜂起すること。
アウシュビッツといえばユダヤ人だが、初期はポーランド人が中心。街中で普通の市民が連行され、「半人間たち」によって「原始的」に殺された。しかし、独ソ戦がはじまるとソ連軍捕虜の大量殺戮(さつりく)が行われ、やがてユダヤ人絶滅収容所へと変貌(へんぼう)していった。一方、ピレツキらポーランド人の環境は次第に好転し、収容所内の弛緩(しかん)が顕著になっていく。このコントラストはアウシュビッツの闇の深さを際立たせる。
死と向かい合わせのなか、ピレツキは地下組織にアウシュビッツの真実を伝え続けた。しかし、想像を超えた真実は信じられず、「収容所を乗っ取れる機会は毎日のようにあった」にもかかわらず、蜂起は指令されなかった。結局、43年4月にピレツキは収容所を脱出して、外部から蜂起を計画するも叶(かな)わず、ワルシャワ蜂起失敗の際にドイツ軍に再び捕らえられる。
本書は、ドイツ降伏直後、祖国を愛するピレツキ大尉が上官宛てに提出した2年半にわたる任務遂行の報告書だが、アウシュビッツの真実を理解できない「脳なしの輩(やから)ども」に「自分の命について考えさせ」たい気持ちが抑えられず、簡潔を旨とする報告書としては失格だ。しかし、これほど読み手の想像力が試される第一級の記録はない。
ピレツキは、この報告書を提出した後、新たな任務を与えられる。祖国ポーランドでソ連の傀儡(かいらい)政権と戦うことだった。しかし、ピレツキは捕らえられ、同胞の手によって処刑された。彼の存在も抹殺され、報告書は40年以上日の目を見ることはなかった。独ソに踏みにじられたポーランドの現代史に封印されたピレツキの生涯は、私たちの想像を超えている。杉浦茂樹訳。
◇Witold Pilecki=1901~48年。ロシア・カレリア地方生まれのポーランド人。ポーランド軍将校。