[本の森 医療・介護]『臆病な都市』砂川文次/『コロナ黙示録』海堂尊

レビュー

8
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臆病な都市

『臆病な都市』

著者
砂川 文次 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065204290
発売日
2020/07/30
価格
1,705円(税込)

書籍情報:openBD

コロナ黙示録

『コロナ黙示録』

著者
海堂 尊 [著]
出版社
宝島社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784299007018
発売日
2020/07/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 医療・介護]『臆病な都市』砂川文次/『コロナ黙示録』海堂尊

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

時代の鏡と言うべき二作を今回はご紹介する。最初は砂川文次『臆病な都市』(講談社)である。読むほどに背筋が寒くなる小説だ。

 三十を目前に、今は一人暮らしをしているKという人物が語り手を務める。彼は「首都庁」の総務局行政部に勤める公務員だ。ある日、街で奇妙な現象が報告され始める。いくつかの自治体で不審な鳥の死体が発見されたのだ。未確認の感染症が発現している疑いがあった。病が人間にも移るのではないかと心配する市民からの問い合わせに対し、首都庁は対応を迫られる。

 鳥が媒介する感染症など存在しない、危険性などないと職員の多くは確信している。Kもその一人なのだが、その場しのぎで意味のない提案をしてしまう。感染症検査を受けた証拠のワッペンを交付するというその案は一人歩きを始め、予想外の事態を生じさせることになるのである。

 本作で描かれるのは、組織内の論理を優先するばかりに外部に目を向けようとしない官僚の姿だ。弥縫策が連発された果てに成立した法規は、それが法規であるがゆえに人を縛る枷となる。愚かなことと笑っていられるのは初めのうちだけで、到来するのは恐ろしいディストピアだ。アベノマスク配布などの馬鹿騒ぎに本篇を重ねて読む人も多いだろう。発表時期からして、作者はコロナ禍発生以前に本作の構想を得ていたと思われる。先見の明に唸るばかりだ。

 もう一冊は医療ミステリーというジャンルの開拓者である海堂尊『コロナ黙示録COVID-19 APOCALYPSE』(宝島社)だ。新型コロナ・ウイルス蔓延前夜の二〇一九年十一月から物語は始まり、次第に深刻化していく事態を時系列で追う、ドキュメンタリー形式で話は進んでいく。そこに、海堂作品のほぼオールスター・メンバーと言っていい登場人物が投げ込まれ、ウイルス蔓延という現実と闘うのである。

 東京五輪開催に向けて政府が浮かれていたころ、政策集団・梁山泊の面々は社会経済の悪化を防ぐための論議を重ねていた。そこに新型コロナ・ウイルス流行の報が入ってくるのだ。海堂のデビュー作『チーム・バチスタの栄光』で探偵役を務めた厚労省技官、〈火喰い鳥〉こと白鳥圭輔も梁山泊の一員で、本作の主役は彼と言っていい。多数の登場人物は、安保総理大臣、酸ヶ湯官房長官といった具合にモデルが明らかである。

 日本におけるコロナ禍の発端は世界周遊の客船内でクラスターが発生したことだが、その患者が本作では〈桜宮サーガ〉では馴染み深い、東城大学医学部付属病院に収容される。シリーズで一貫して提唱されてきた死亡時画像診断(Ai)の思わぬ効用が語られるなど、海堂ファンには感慨深い展開もある。コロナと共存するしかない時代の様相を物語の光によって照射した作品だ。楽しみつつ考えさせられる。

新潮社 小説新潮
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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