文芸評論家が絶賛! 絶対に期待を裏切らない長編ファンタジー小説「ソナンと空人」

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王都の落伍者

『王都の落伍者』

著者
沢村 凜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101023311
発売日
2020/09/29
価格
649円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

鬼絹の姫

『鬼絹の姫』

著者
沢村 凜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101023328
発売日
2020/09/29
価格
781円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

6年ぶりの新作に興奮!

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

北上次郎・評「6年ぶりの新作に興奮!」

日本ファンタジーノベル大賞出身の沢村凛による6年ぶりの長編ファンタジー作品「ソナンと空人」が刊行。文芸評論家・北上次郎さんが、新作にして傑作と絶賛する本作の読みどころを語る。

 ***

 いやあ、面白い。久々に興奮してしまった。なにしろ、沢村凛の6年ぶりの新作なのだ。さあ、手に取ってくれ。あなたの期待は裏切られない。

 沢村凛は周知のように、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補となった『リフレイン』で1992年にデビューした作家で、1998年に『ヤンのいた島』で同賞の優秀賞を受賞。では、ファンタジー小説専門なのかというと、そうではなく、その後は『あやまち』『カタブツ』などの一般小説も書き(このライン上の傑作が『脇役スタンド・バイ・ミー』で、ここに収録の「迷ったときは」が特に秀逸。物事を素早く決められない人は必読)、もちろんファンタジーのほうでも『瞳の中の大河』『黄金の王 白銀の王』などの傑作がある。

 日本ファンタジーノベル大賞の出身作家には、この沢村凛のように、ファンタジーを離れても傑作を書く作家が少なくなく、2009年に『月桃夜』で大賞を受賞した遠田潤子はその筆頭といっていい。本年に上梓した『銀花の蔵』はホントにすごい。

 話を沢村凛に戻せば、6年ぶりの新作はファンタジーである。ただ、沢村凛のファンタジーであるから、一風変わっている。「ソナンと空人」の第1巻『王都の落伍者』の冒頭の部分をまずはご紹介する。

 ソナンという若者がいる。父親は無敗の将軍で、国中から信頼を集めている。ソナンは大きな屋敷でその父親と二人だけで暮らしている。母親はいないのだ。父親は忙しいので相手をしてくれるのは、執事のヨナルアだけ。つまり、親の愛を知らない少年である。14歳のとき、ソナンは良家の子弟しか入れない近衛隊に入隊する。幼なじみのチャニルと婚約したのはその翌年だ。問題は、ソナンが遊びを覚え、その資金を作るために家のものを売り飛ばして勘当されることだ。さらに、近衛隊をクビになり、王都防衛隊に格下げになることだ。だがその下に、都市警備隊という組織もある。

 王都防衛隊は、異国からの軍隊が国境を破って王都にまで迫ったとき、最後の守りとして戦うために存在しているが、そんなことは滅多にないので、隊員のすることは、年に数回の儀式に参加することと訓練だけ。それに対して王都の犯罪を取り締まる都市警備隊は、給金も装備も王都防衛隊よりずっと劣るので、王都防衛隊の面々は「トケイなんて」と都市警備隊のことをバカにしている。この対立が以下の揉め事の背景にある。ちなみに、良家の子弟は軍人になりたければ近衛隊に入るのが普通で、彼らにとっては王都防衛隊も都市警備隊も同じようなものであり、「下々の者が食うために就いている賤しい職業」にすぎない。ソナンのような貴族の子弟が王都防衛隊にいることは珍しく、つまり彼は落ちこぼれなのである。

 で、ある日、ソナンを含む6人の王都防衛隊の面々が街中で若い女性に絡んでいるときに、都市警備隊の若者が止めに入り、ソナンたちは彼を袋叩きにする。このドラマが一つ。もう一つは、王都防衛隊のソナンの同僚ナーツの父親が借金のために、ナーツの妹を人買いに売ってしまったこと。その妹を救出するために買い戻す資金を集め、ようやく集まった金を持って走っているときに、過日袋叩きにした若者と遭遇。「あのときのことで文句があるなら、あとで聞く。用事をすませたら、戻ってくるから、待っていてくれ」とソナンは言うのだが、若者の仲間が許さず、揉めているときにソナンが胸に抱えていた包みが川に落ちる。紙幣が飛び出す。ソナンはその金を追って反射的に川に飛び込む。しかし、彼は泳げないのだ。だから沈んで流れていく。

 実は「水の中を、ひとりの男が沈んでいく」というのが冒頭の一行で、どうしてそうなってしまったのか、その事情がこうしてあとからついていく。

 で、未知の国で転生するまでが100ページ。本当の物語は、転生後にソナンが何をするのか、どう生きていくのかというところにあるが、その詳細は書かないでおく。ここで書けるのは、その新しい地でどういう国作りをしていくのかが1・2巻で描かれるということと、1巻の冒頭で語られる揉め事がとても重要な側面を持っているということ、それだけだ。

 ここに出てくる人物がすべて再登場する第3巻のクライマックスでは熱いものがこみ上げてくる。その詳細も書きたいけれど、おお、書けない!

新潮社 波
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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