『神さまたちの季節』
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日本の美しさが立ち上る 現代に失われた歳事の記録
[レビュアー] 小川寛大(雑誌『宗教問題』編集長)
「傀儡師阿波の鳴戸を小歌かな」
江戸時代の俳人、宝井其角の一句である。
傀儡師(かいらいし)とは冬、特に正月のことを表す俳句の季語だ。傀儡とは木偶(でく)人形、つまり木製の人形のことで、それを音曲とともに操って舞わせ、人々に芸能として見せる職能集団のことを傀儡師といった。それがなぜ冬の季語なのかといえば、傀儡芸は獅子舞などと同様、正月の門付(かどづけ)芸(家々の門口を訪れて演じる芸能)として親しまれていたからだ。また前掲の其角の句にあるように、傀儡師は阿波(徳島県)など、四国を一大拠点としていた。
現代の多くの日本人にとって、正月の玄関に傀儡師が訪ねてくるなどといったことは、もはや遠い昔の物語だろう。しかし、かつて日本のあちこちには、このような素朴な芸能があふれていた。特定の地域のみに伝えられる舞や芝居など、さまざまなものがあり、またそれらの多くは、その土地の神社仏閣の祭礼と、密接に結びついていた。
本書は民俗学者・宮本常一とも親交のあった写真家・芳賀日出男氏による、日本各地に伝わる伝統芸能のフォト・ルポルタージュである。もともとは昭和39年に発行され、今年7月に復刊された。よって収められている写真のすべては、昭和30年代に撮影されたものだ。
薬師寺や伊勢神宮といった格式ある寺社にまつわる行事から、地方のささやかではあるが厳かな祭礼まで、地域の信仰のエネルギッシュなあり方を、芳賀氏は丹念に撮影している。ページをめくるたび、日本という国の深さ、美しさが、目の前に立ち上ってくる好著だ。
しかし、本書の冒頭でまず紹介される傀儡師をはじめ、これらの芸能、信仰のあり方は現在、大きく様変わりしている。同じく本書で紹介される、延々と徒歩だけで四国を遍路する数十人規模の集団なども、現在ではほぼ見られないものだ。その意味で本書は、日本の美しさを教えてくれるとともに、ほんのここ50年ほどの間で、日本が何を失ってしまったのかを突きつけている一冊でもあるのだ。
現在、新型コロナウイルスの猛威の前に、多くの寺社は祭の中止などを決定している。それは仕方ないことではあろう。ただ地方の小さな寺社などでは、これを境に伝統が断絶してしまうといった危惧も語られている。われわれはまた何かを失ってしまうのか。日本の伝統的な信仰とは何だったのかを考えるとき、本書は重要な示唆を与えてくれるだろう。