作家の「更生」のための収容所 そこで行われていたことは?

レビュー

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日没

『日没』

著者
桐野夏生 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000614405
発売日
2020/07/28
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

作家の「更生」のための収容所 そこで行われていたことは?

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

「日没」の雑誌連載が二〇一六年に始まったとき、私は近未来小説として読んでいた。こうして本になって、小説の中に広がる闇を、ここまでリアルに読むことになるとは想像もしなかった。主人公の作家マッツ夢井の見る悪夢は、現実の中に姿を現しつつある、まだ輪郭の定まらないなにかを浮かび上がらせる。

 悪夢にいざなうのは、一通の召喚状だ。差出人は総務省の文化文芸倫理向上委員会。「映倫」ならぬ「ブンリン」と呼ばれる、いつの間にかできたこの組織が、彼女を底のない地獄へと連れ出す。

 きっかけは読者からの提訴で、ブンリンのルールでは、不快に思う読者から提訴された作家は一定期間、研修を受けなければいけない。連れて行かれたのは千葉県の海辺の町の断崖に立つ療養所。作家の「更生」のための収容所だった。

 異議を唱えれば反抗と見なされ、減点されれば研修期間は延びる。作家たちは番号で呼ばれ、貧しい食事しか与えられず、誰かが反抗的なふるまいに及ぶと全員昼食抜き。監視カメラに見張られ、私語は禁止、反省のための作文を書かされる。

 それだけでもうんざりする世界だが、怒りのあまり反抗的な態度をとるマッツは、地下に連れて行かれ、さらなる悪夢を見せられる。そこには拘束衣を着せられた何者かが横たわっていた……。

 悪夢が現実になる現代の「地獄巡り」から、マッツは抜け出せるのか。他者からの好意も罠にしか見えない状況で、それでも誰かを信頼しなければ閉ざされた場所から出て行くことはできない。

 精神の自由を主張しつつ、一杯の冷たい水のために膝を屈する人間の弱さを、桐野は容赦なく描く。怒りと反抗は収容所でのマッツの立場を悪くするが、表現どころか身体の自由すら奪われた彼女が生き抜く力にもなる。自由の意味をいま一度かみしめるためにぜひ読んでほしい。

新潮社 週刊新潮
2020年10月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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