すべてがメインディッシュ! 本好きの心が盗まれる最高の読書体験をあなたに『この本を盗む者は』

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この本を盗む者は

『この本を盗む者は』

著者
深緑 野分 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041092699
発売日
2020/10/08
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

すべてがメインディッシュ! 本好きの心が盗まれる最高の読書体験をあなたに『この本を盗む者は』

[レビュアー] ほんまくらぶ(書店員)

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(評者:ほんまくらぶ / 書店員)

「ルパンはとんでもないものを盗んでいきました、あなたの心です」

 アニメ映画『ルパン三世 カリオストロの城』の、ラストシーンの名台詞である。天下の大泥棒がたっぷり100分の上映時間をかけてクラリスの心を盗んだのに対し、『この本を盗む者は』は、わずか2頁で私の心を盗んでしまった。時間にして5分足らずの早業だ。

 その完璧な冒頭を紹介したい。四方を川に囲まれた読長町の真ん中に立つ“御倉館”は、全国に名の知れた書物の蒐集家・御倉嘉市が建てた、地下二階から地上二階までの巨大な書庫だ。その娘、御倉たまきもまた優れた蒐集家で、御倉館はたまきに引き継がれてからもその蔵書数を増やし続ける。しかし、悩まされたのは盗難だ。かつて、読長町に住むものなら誰もが一度は訪れたと言われる街の名所は、度重なる書物の盗難に頭を悩ませ続けたたまきの手により、血族以外は永遠に立ち入ることの出来ない場所へと姿を変えてしまう。本を愛するたまきは、読長町と縁の深い狐神に頼み、書物のひとつひとつに奇妙な魔術をかけたという……。

 巨大な書庫! 狐神! 魔術のかけられた本! どうですかこのメインディッシュしか出てこないコース料理は。本好きにとって一品でも大満足のお品物が、三つも四つも出てくるのだからたまらない。しかもここまでたったの2頁ですよ、2頁(しつこい)。

 この本は面白いぞ。そう確信する瞬間のときめきは、本好きならば分かってくれるだろうか。期待に胸と鼻の穴をいっぱいに膨らませて頁をめくる。まるでポップコーンのように次から次へと言葉たちがはじけ飛ぶ。『本好きの好物ビンゴ』があったなら、何列ビンゴ出来るか分からないパワーワードの連発だ。白髪の少女、犬耳、降り注ぐザリガニと真珠の雨、絡みつく満艦飾、そしてゴキブリ! あぁこの世界では、ゴキブリさえも愛おしい。

すべてがメインディッシュ! 本好きの心が盗まれる最高の読書体験をあなたに『...
すべてがメインディッシュ! 本好きの心が盗まれる最高の読書体験をあなたに『…

 物語の主人公は、たまきの孫娘にあたる“本ぎらい”の御倉深冬。魔術的現実主義の呪いにより本の檻に閉じ込められ、次々と襲い掛かる非日常を前に「これだから本は嫌いなのに!」とうんざりする深冬に、ニヤニヤが抑えられない。いやいや、キッチリ訂正してさしあげよう。「これだから本が大好きなんだ!」

 物語は全5話から成り、それぞれに異なる本の世界が広がる。魔術的現実主義、固ゆで玉子、幻想と蒸気の靄といった具合に、各話のタイトルからして本好きの心をくすぐってくる。それぞれの世界の描写の豊かさと言ったら! 情景が浮かび、絵が動き出す。どんなに突飛な状況も、たちまち脳内再生されてしまうのだ。あぁそうか、そうだった。作者は深緑野分さんじゃないか!(いやね、世界観に圧倒されてしまって、作者が誰かは頭から吹っ飛んでしまうんですよ!)

 深緑さんと言えば、昨年の本屋大賞で三位となった『ベルリンは晴れているか』、そして『戦場のコックたち』が記憶に新しい。史実をベースとした歴史ミステリ。厳しい現実の中にありながら、ユーモアと希望を忘れない市井の人々が織りなす逞しい人間ドラマと、映画のように眼前に広がる映像美。私を一瞬でベルリンの空の下に連れて行った作者は、読者を“もっと別の世界”へも容易に誘ってしまうようだ。

 本の呪い(ブック・カース)とは何なのか? 何故、深冬が呪いを解くことになったのか? 白髪の少女・真白が「読め」と差し出してくる本の関連性は? そして真白の正体は? 深緑印のミステリ要素もたっぷりと盛り込まれている。

『この本を盗む者は』は、深緑さんにとって新境地と位置付けられる作品なのかも知れないが、よくよく読んでみればなるほど、深緑さんらしさが要所要所にキラキラと散りばめられた、深緑さんだからこそ書きあげられた作品なのだ。どの作品も根底に流れるのは、本への、本を読む行為そのものへの、そして読者をこれでもかと楽しませようとする、並々ならぬ愛情に他ならない。

 かつて少女だった私を虜にしたのは、まさにこのような物語だった。脳みそに直接爪を立てられたかのように想像力が掻き立てられる。高鳴る心臓の鼓動を感じ、思わず声を上げそうになる唇をぎゅっと引き結んで、はやる心で頁をめくる。瞬く間に私を異世界へ誘った、本棚の宝物たち。この箪笥を開けたら、あの角を曲がったら、飼い猫が突如二本足で立ちあがって人間の言葉を話したら……私の日常は、本を読むことで無数の非日常と簡単に繋がった。『この本を盗む者は』は、そんな私の新しい宝物となる一冊だ。

 見慣れた店内に立ち並ぶ書棚の陰から、犬耳の生えた白髪の少女がひょっこりと現れて、私の手を取って駆け出してはくれないか。平台に鎮座する『この本を盗む者は』を視界の端に認めながら、今日も私は胸をときめかせるだろう。

 今もまだ私の心は、読長町のあの建物の中に、捕らわれたままなのだ。

KADOKAWA カドブン
2020年10月09日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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