エグい場面、頻出! 先鋭的な暴力団に単身潜入した警察官の孤独で壮絶な闘い!『ヘルドッグス 地獄の犬たち』

レビュー

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ヘルドッグス : 地獄の犬たち

『ヘルドッグス : 地獄の犬たち』

著者
深町, 秋生, 1975-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041094105
価格
924円(税込)

書籍情報:openBD

エグい場面、頻出! 先鋭的な暴力団に単身潜入した警察官の孤独で壮絶な闘い!『ヘルドッグス 地獄の犬たち』

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:北上 次郎 / 文芸評論家)

 最初にお断りしておくが、実は私、深町秋生のいい読者ではない。「いい読者」とは、その作家の著作の大半を読んでいて、大きな傾向としてはAというラインの作品を書く作家だが、Bラインの作品も書いていて、そちらの路線ではCという傑作があるとか、中には異色作のDからEに発展していくラインもあるが、その後このライン上の作品がないのは淋しいとか、細かな違いや変化をも熟知している読者のことである。残念ながら私はそういう読者ではない。

 じゃあ、どうしてそういうやつがこの小説の解説を書くんだよ、と疑問を持つ方がいるかもしれないが、そういう人にはこう言っておきたい。おっしゃる通りだ、と。まあ、少しずつそのわけを書いていくので、しばしお待ちを。

 まず、これから片づける。深町秋生のデビュー作『果てしなき渇き』の文庫解説だ。池上冬樹はその解説の冒頭で、深町秋生がデビュー前に加藤小判名義で、山形新聞が主催する短編小説コンクールに「見えない」という作品で応募してきた、という話を書いている。それを読んで池上は驚いたというのだ。なぜならその作品は「いじめをめぐる中学生同士の抗争を描いた作品」だが、ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』の文体を真似ていたからだという。そのすぐあとに私が出てくる。

「有名な評論家でさえ、この文体はついていけない、読めないと公言したほどの問題作」

 だったというのだが、ここに出てくる「評論家」とは私のことである。池上はこのあと、その『ホワイト・ジャズ』を褒めたのは自分とのちの馳星周だけだったと自慢している(と自分で書いている)が、ニュアンスの違いを正しておきたい。

 この書き方だと、世間一般が『ホワイト・ジャズ』の文体に拒絶反応を示したのに(その代表例として某評論家の言葉を引用)、自分とのちの馳星周だけは認めた、というふうに受け取れる。おいおい、それはないだろ。

 いや、池上と馳星周がいち早くエルロイを認めた、というのはかまわない。そんなことはどうでもいいことなので、いくらでも自慢していただきたい。私が言いたいのはそんなところに私を出さないでほしい、ということだ。というのは当時、『ホワイト・ジャズ』の文体に文句をつけた書評を読んだ記憶がないのだ。当時すでにエルロイはカルト作家であったので、文句をつけるのは、何というのか、ちょっと勇気がいる。私は『ホワイト・ジャズ』を10ページでやめた人間なのだが、それを書くときに、ためらった記憶がある。こんなことを書いてもいいのかなと。みんながそう思っているのなら、誰もが文句をつけていたのなら、そんなふうには思わないはずだから、それは間違いないと思う。

『ホワイト・ジャズ』を10ページでやめたというのは、私の読書の幅が狭いことの表れであり、けっして自慢できることではないが、あの文体は読めない、ということの上に私はいるのであり、それを明確にしたかったのだ。だからそれを逆に言われると、大変に困る。逆とは何か。くどいようだが繰り返す。池上の書き方だと、北上次郎は世間一般の受け取り方と同じだったということになるのだ。

『ホワイト・ジャズ』が傑作かどうかという話ではない。この作品をめぐる反応の話だ。私の褒める翻訳ミステリーが、週刊文春の傑作ミステリーベスト10や、このミスのベストにこの40年、ほとんど入らないという事実があるのに、お前は世間一般と同じだと言われるのは大変に困るという話である。世間と微妙にズレている、ということこそ、私の拠って立つ基盤なのである。それを認めず、逆のニュアンスで語られると反発したくなるという話だ。

 13年前に出た文庫の解説について、いまごろ何を言っているのかと思われる方もいるかもしれないが、以上のことは機会があればどこかに書くつもりであったけれど、とりたててイチャモンをつけたいということではなかった。その機会がきちゃった、というにすぎない。で、次は『果てしなき渇き』だ。この長編がエルロイの影響下にあることは否定できないが(しかし、『ホワイト・ジャズ』の極端な文体はここにない。池上の解説はこのあたりも曖昧だ。エルロイの影響下にはあっても『ホワイト・ジャズ』の極端な文体を抜け出たからこそ、「このミス」大賞を受賞したのではないか)、そもそも私はあの極端な文体だけでなく、その前からエルロイが好きではない。同じ影響下にあった馳星周のデビュー作『不夜城』の文庫解説で、こういう小説は好きではない、と書いたのもそのためだ。よく書くよなそんなこと。好きではないが、図抜けた才能は認めなければならない、というのが私の『不夜城』論であった。

 それと同じことが『果てしなき渇き』にも言えるのである。つまり私は、こういう小説を好きではないのだ。エルロイが嫌いで、『不夜城』も好きではないやつが、『果てしなき渇き』を面白く読めるわけがない。ずいぶん昔、山形で初めて深町秋生に会ったとき、「君のデビュー作はよくわからなかったなあ」と言ったのは、あの作品は嫌いだと本人に直接は言いにくかったからだ。私だって結構気を使っているのである。

 深町秋生作品との最初の出会いがそうであったので、その後の作品をフォローすることもなく、そういうやつがなぜ本書を手に取ったのか、いまでもわからない。『果てしなき渇き』から12年がたっていたが、これが実に面白かった。当時の新刊評の一部を引く。

 凄まじい小説だ。帯に「先鋭化した暴力団に潜入した警官」とあるので、潜入ものであることは最初から明らかにされている。となると、その正体がいつ露見するのか、そういうサスペンスが中心になっていくのかと思うところだが、そんなことはどうでもよくなってくるほど、エグい場面が頻出する。なにしろ、潜入捜査官兼高昭吾が弟分を連れて沖縄へ飛び、ターゲットを惨殺するところから始まる小説なのである。さすがに兼高昭吾は一人になってから、激しく嘔吐するが、慣れというのは恐ろしく、そのうちに兼高昭吾は嘔吐もしなくなる。つまり、正体が露見するのかしないのか、ということは本書の場合、たいした問題ではない。もっと違うことが問題になるということだが、ネタばらしになるのでこれ以上の紹介は控えたい。

 いや、ホントに驚く展開だ。兼高昭吾が潜入したからには、何のために潜入したのかという目的がなければならない。あるんですよ目的が。これが明らかになったときには呆然。なんなのそれ! しかも驚きはまだ続き、もっとぶっ飛ぶ展開が待っている。ちょっとやりすぎ、という感がなくもないが、私的にはエルロイの路線を進むよりは遥に好ましい。そうなのである。深町秋生がエルロイの影響下でデビューしたことは事実でも、もうここまでくるとエルロイの影も匂いもない。深町秋生の小説になっているのだ。

『果てしなき渇き』とその文庫解説について一度書いておきたかったという動機はあるにせよ、『ヘルドッグス 地獄の犬たち』しか読まずに本書の解説を書くのも何なので、深町秋生の過去の作品をこれを機会に三作読んだことも触れておく。

 深町秋生の「いい読者」である知人に三作選んでもらったのである。それが、『アウトバーン』『探偵は女手ひとつ』『ドッグ・メーカー』だ。この中では、「シングルマザー探偵の事件日誌」と副題の付いた『探偵は女手ひとつ』が群を抜いている。いや、断然、私好みだ、ということだ。

エグい場面、頻出! 先鋭的な暴力団に単身潜入した警察官の孤独で壮絶な闘い!...
エグい場面、頻出! 先鋭的な暴力団に単身潜入した警察官の孤独で壮絶な闘い!…

 二〇一六年に光文社から刊行された連作集だが、深町秋生がこういう作品を書くとは思ってもいなかった。好みでいえば、この連作集が本書よりも好き。『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の文庫解説だというのに、そんなことを書いてもいいのかね。ま、いいや。本書を読み終えたら、ぜひ『探偵は女手ひとつ』(光文社文庫)をお読みください。深町秋生の作家としての幅の広さと才能の奥行きがここにある。

 なんといっても逸平のキャラがいい。喧嘩三昧の青春を送ってきたが、いまは自動車整備工場で働いている巨漢。調査に危険が伴うときにヒロインが用心棒を頼むのだが、高校時代は伝説の番長として名を轟かせた男で、危険であればあるほど燃えるというとんでもないやつだ。ただし、その逸平も勝てないのが妻の麗。こちらは元ヤンで、高校時代から逸平とつるんで暴れまわっていたが、いまはカタギとなっているものの、逸平がパチンコで大負けして帰宅するとボコボコにしてしまう。事件そのものの構成もいいが、こういう個性的な脇役が物語をきりりと引き締めていることは強調しておく。全編を貫く山形弁も素敵だ。どうしてこれがシリーズにならないのか。いや、私が知らないだけでもうすでに書き始めているのかも。早く第2作が出てこい! 本書を読み終えたら、すぐにこの『探偵は女手ひとつ』をお読みになるようおすすめしておきたい。

▼深町秋生『ヘルドッグス 地獄の犬たち』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000194/

KADOKAWA カドブン
2020年10月13日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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