『テノウチ、ムネノウチ 刀鍛冶として生きること』
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クールな男が胸に宿す刀への熱い想い。現代刀の頂 点、そして千年残る名刀を目指す刀工が、タイトル通り手の内胸の内を赤裸々に明かす異色のエッセイ集
[レビュアー] 門賀美央子(書評家)
今も続いている「刀剣ブーム」。そこにはもちろん「刀鍛冶」の存在があるものの、その刀匠に注目した書籍はまだ世の中には少ないようだ。
そんな中、「業界の異端児」と言われる現役刀鍛冶・川﨑晶平さんのエッセイ集が刊行された。
川﨑さんは世襲ではなく、大学を卒業後25歳で宮入小左衛門行平に入門、現役刀鍛冶として活躍している。そんな川﨑さんのエッセイについて、書評家の門賀美央子さんが読みどころを解説する。
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本書は「現役刀鍛冶のエッセイ集」である。史上初、なのではないだろうか。
著者の川﨑晶平さんは、美術館で見た日本刀の美しさに心奪われ、二十五歳で刀匠になろうと決意。一九九四年に宮入小左衛門行平氏に入門して五年後に作刀承認を受け、初出品した新作刀展覧会で早くも優秀賞・新人賞を受賞。以降も各コンクールで受賞を重ね、二〇一三年に第四回新作日本刀・刀職技術展覧会で特賞第一席・経済産業大臣賞を獲得してからは、審査する側にも立つようになった。
その時、齢四十五。古老が幅を利かせる伝統工芸の世界では異例だろう。順調な受賞歴といい、きっと修行僧の如くストイックな人生を送ってきたに違いない。これは姿勢を正して読まなければならない類の本か……と思いきや、冒頭はいきなり「入門してたった三ヶ月で破門された話」だった。拍子抜けである。続く内弟子時代には、真剣に修業しつつ、ちゃっかりしたところも発揮する。ほぼ衝動で刀鍛冶になった割には、現実を見据えた合理的な将来設計を怠らない。のんきでこだわらない性格に見えて、業界内の理不尽や旧弊には敢然と物申す。伝統を尊びながらも、「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」なんていう前代未聞の展覧会にも参加をする。とにかく、語られるエピソードごとに異なる顔が現れる。万華鏡のような人なのだ。
実は、著者には二度ほどお目にかかったことがあるのだが、その時にもやはり多面性を感じた。一度目、取材で「晶平鍛刀道場」にお邪魔した際は、一見野武士のような人だと思った。だが、話し始めるとよい意味で現代的だった。そして何より、鍛錬場の火の前に片膝立ちで座る姿は一幅の絵のように美しかった。二度目は、本書でも触れられている、靖國神社での刀剣鑑賞会でお会いした。現代刀の魅力を伝えたい、刀匠たちの技を知らしめたいという静かな熱意がひしひしと伝わってきた。同時に主催者の一人として忙しく動き回る実務家の姿も印象に残った。
正統にして異端、複雑にカットされたダイヤモンドの魅力を持つ刀匠が、思いの丈を飾らず素直に綴った本書。刀剣に興味がなくとも、同世代なら何処(いずこ)も変わらぬ中堅の悲哀に共感しきりだと思うし、縛りの多い世界に風穴を開けようと仲間と共に奮闘する姿にはグッとくるものがあるはずだ。なにより、心底惚れた日本刀の世界を次世代に繫げようとする気概には、誰もが心打たれるはず。閉塞感に満ちた今だからこそ読んでほしい一冊だ。