【ハマるぞ!伊岡瞬】いじめ、学級崩壊、モンスターペアレント、無気力教師……学校と家庭の暗部を抉る傑作ミステリー。――『教室に雨は降らない』

レビュー

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教室に雨は降らない

『教室に雨は降らない』

著者
伊岡 瞬 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041004869
発売日
2012/09/25
価格
836円(税込)

書籍情報:openBD

【ハマるぞ!伊岡瞬】いじめ、学級崩壊、モンスターペアレント、無気力教師……学校と家庭の暗部を抉る傑作ミステリー。――『教室に雨は降らない』

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

『教室に雨は降らない』(角川文庫・2012年)巻末に収録されている「解説」を特別公開!

 本書が刊行されたときの新刊評で、私は次のように書いた。それを引くところからこの解説を始めたい。

「これは臨時音楽講師として小学校で教える森島巧を主人公にした連作集だが、びっくりするほどうまい。2005年に『いつか、虹の向こうへ』で横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をダブル受賞してデビューした作家だが、恥ずかしいことに私、この著者の本を読むのは初めて。こんな素晴らしい小説を書く作家だとは知らなかった」

「学園で起こる小さな謎を、この23歳の若き教師が解いていく連作集で、謎の奥にもう一つ謎があるという構成の見事さ、人物造形の秀逸さ、さらには全編を貫くセンスの良さと文句のつけようがない。2010年12月現在、これで4作目のようだ。残り3作を急いで読みたい」

 このように、どうしてこんなに素晴らしい作家の作品をおれは読んでこなかったのだ、と激しく後悔することがたまにある。私の場合、珍しいことではない。そういうときはあわてて、その作家の作品を遡って読むことになるが、それにも限度があり、私の経験では「遡れるのは七作まで」ということになっている。それ以上になると実質的に不可能だということだが(無限に時間があるなら可能だが、そういうわけにもいかないので、現実的には三日間で読める量であるのが限度)、伊岡瞬の場合は四作目で気がついたのだから楽勝だ。遡ってもたったの三作だ。で、書店に買いに行ったら、入手できたのがデビュー作の『いつか、虹の向こうへ』。そのときはもう文庫になっていたが、買って帰ってきてから念のためにパソコンのハードディスクに入っている「過去原稿」を調べてみた。すると、その『いつか、虹の向こうへ』の新刊評が出てきたからびっくり。私のパソコンに入っているということは、もちろんその新刊評を書いたのが私であるということだ。読んでいたのかよ。産経新聞に書いたその新刊評を引く。

「これは定型通りのハードボイルドだ。奇妙な共同生活を営んでいる四人がいる。それぞれの事情はゆっくりと語られる。世帯主の男は元刑事。彼が警察をやめた理由はおいおい語られる。そこに若い娘が転がり込んでくるのがこの物語の発端だ。暴力団組長の甥が殺され、その若い娘が警察に捕まるのが次の展開。しかしどうも犯人とは思えない。というわけで、主人公が組長に呼び出され、真犯人を探し出せと脅される展開になる」「つまり、何から何まで常套といっていい。ところが細部がよく、人物造形がよく、筋運びも秀逸なので、どんどん惹きこまれていく。常套ではあっても、丁寧に書き込むことで定型を超えていくのだ。それに、良質のセンチメンタリズムともいうべきものが、物語に情感と余韻を与えているのも見逃せない。問題は、ここはスタートにすぎないということで、次作が勝負だろう」

 いやはや、驚いた。結論としては留保をつけたかたちになっているが、「細部がよく、人物造形がよく、筋運びも秀逸」とはすごい賛辞だ。自分の書いた原稿であるから、だいたいの推測はできる。こういう紹介の仕方をするということは、それが私好みの小説であるということだ。やや、物語力に欠けるだけで、それ以外は本質的に私好みなのである。デビュー作から、「細部がよく、人物造形がよく、筋運びも秀逸」な作家などそういるものではない。物語などはあとからついてくるのだ。そんなものは気にする必要はない。しかしのちに私はもっとびっくりする。というのは、こういう原稿が出てきたからだ。それを引く。

「伊岡瞬『145gの孤独』もあげておきたい。こちらは連作ミステリー。元プロ野球選手の倉沢修介が主人公となって便利屋を営む話だが、その冒頭の一編「帽子」には家族の団欒を失いかけた少年の比類ない哀しみが浮き彫りにされている。息子のサッカーの付き添いに母親はなぜ四万円も払うのかという謎から始まって(けっして裕福な母子ではない)、倉沢修介は徐々にその哀しみに接近していくのである。ありがと、という優介少年のラストの言葉に目頭が熱くなるのは、私の涙腺が弱いせいもあるけれど、遠い昔のことを思い出すからだ」

 2006年7月に書いた原稿だ。この『145gの孤独』が角川書店から単行本として刊行されたのは2006年5月であるから、刊行直後に読んでいたことになる。なんと私は、伊岡瞬のデビュー作にとどまらず、第二作も読んでいたのである。しかもこちらは「少年の比類ない哀しみが浮き彫りにされている」のだ。これもすごい賛辞といっていい。これは新刊評ではなく、あるエッセイの中でこの新刊を紹介している。書評として書いた原稿ではないので、気がつくまで時間がかかってしまったということだ。つまり、本書を読んだときに未読であったのは、第三作の『七月のクリスマスカード』(文庫化のときに『瑠璃の雫』と改題)だけであったということになる。にもかかわらず、「恥ずかしいことに私、この著者の本を読むのは初めて。こんな素晴らしい小説を書く作家だとは知らなかった」とは、ホントに恥ずかしい。

 忘れてしまうくらいだから、ホントは感心しなかったのだろうと誤解されかねないので急いで書いておく。私、びっくりするほど忘れるのである。年を取ったから、ではない。若いころからずっとそうなのである。本を読み終えますね、ぱたんと本を閉じた瞬間に、はて何を読んだのだろうと思うことすらあるのだ。それは冗談ではなく、真実である。もちろんすべての本を忘れるわけではないが、十冊に一冊くらい、そういう本がある。だから、伊岡瞬の第一作『いつか、虹の向こうへ』と、第二作『145gの孤独』を読んでいたにもかかわらず、第四作『明日の雨は。』(今回の文庫化とともに『教室に雨は降らない』と改題)の新刊評で、「この著者の本を読むのは初めて」と書いてしまったのは、伊岡瞬の罪ではなく、私の問題である。

 そういえば、2005年に刊行された池上永一『シャングリ・ラ』について絶賛したあと、この作家の作品を読むのは初めてだとある対談で発言したら、いやいや以前に読んでますよと読者から教えられたことがある。本当かよと思いながら、「本の雑誌」2002年12月号を開いたら、池上永一の『夏化粧』という作品を褒めていた。読んでいたんだオレと驚いたものだが、ね、いつもこうなのである。

【ハマるぞ!伊岡瞬】いじめ、学級崩壊、モンスターペアレント、無気力教師……...
【ハマるぞ!伊岡瞬】いじめ、学級崩壊、モンスターペアレント、無気力教師………

 話がなかなか前に進まないが、唯一末読であった第三作『瑠璃の雫』について先に触れておきたい。これもいい作品だ。父親が出奔した家庭で育った美緒がいる。母親が飲んだくれなので、頼りにならない。辛く、哀しく、生きづらい少女の日々が静かに語られていく。それが第一部だ。第二部は、永瀬丈太郎の回想。誘拐された娘を取り戻そうとする彼の検事時代が、ここでは語られていく。第三部は大人になった美緒の謎解きだ。もっと詳しく紹介したいが、もう紙枚もないのでぐっと我慢。複雑なストーリーに見えるものの、話はシンプルで、この巧みな構成こそ、伊岡瞬の真骨頂だろう。そしていつも物語の底から強い感情を立ち上がらせる。それはどれほど辛いことがあっても、未来を信じようという力だ。伊岡瞬の作品を読むたびにその力に触れることが出来るので、私たちもまた元気になる。伊岡瞬が紡ぎだす物語が強い印象を残すのはそのためにほかならない。『瑠璃の雫』はその好例といっていいが、本書もまたそうした一冊である。

 冒頭に書いたように、これは連作ミステリーだ。主人公は森島巧。音楽を担当していた女性教諭が産休に入ったために雇われた小学校の臨時音楽講師である。声をかけてくれたのは、遠縁にあたる校長だ。音楽大学を出たものの思うような就職先がなく、ジャズバーでアルバイトを続けようかと思っていた矢先だった。つまり、教師になりたくてなったわけではない。教員免許を取得したのも、教員をめざしたわけではなく、学生時代に付き合っていた女の子に、「なにかの時に役に立つかもしれないでしょ。おなじ学校の先生になったりしたら楽しいじゃん」と言われたからだ。その彼女はオーケストラのバイオリン奏者として雇われ、そのまま疎遠になって自然消滅。かくて、腰掛け臨時講師が誕生したというわけ。まだ二十三歳。

 放火したのは誰か。自然公園から亀を盗んだのは誰か。生徒がわざと下手に歌うのはなぜか。同僚教師が別れた妻を見張っているのはなぜか。腰掛け講師森島ははたして教師をやめてしまうのか――小さな謎を幾つも積み重ね、その向こうに人間のさまざまな感情を隠して秀逸なドラマを立ち上げる伊岡瞬のいつもの手法がここにもある。主人公の森島巧はもちろんのこと、一年先輩だがまだ大学生のような教師仲間安西久野、これが本当に小学生かと思うくらいませている六年二組の田上舞などなど、人物造形が群を抜いているのが第一。謎の一枚下にもう一つ謎が隠されているという構成のうまさが第二。そして最後は、これこそが伊岡瞬の最大の美点だと思うが、全編を貫くセンスの良さだ。ようするに、ひらたく言えば、洒落ているのだ。

 その美点を最大限に生かすために、ミステリーを離れて、たとえば家族小説、あるいは青春小説などの一般小説も、時には書いていただきたいと個人的には考えているのだが、はたしてどうか。

▼伊岡瞬『教室に雨は降らない』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/201203000914/

*掲載にあたり、一部修正を加えました。

KADOKAWA カドブン
2020年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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