[本の森 歴史・時代]『江戸のおんな大工』泉ゆたか

レビュー

8
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江戸のおんな大工

『江戸のおんな大工』

著者
泉 ゆたか [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041094297
発売日
2020/07/29
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 歴史・時代]『江戸のおんな大工』泉ゆたか

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 本コーナーは時代小説を紹介する場なので詳細は控えるが、おっぱいにまつわる出産や育児に関する悩みを抱える女性が駆け込む外来「母乳外来」専門の助産院を舞台とした、初めての現代ものの連作短編集『おっぱい先生』(光文社)が、深みのある素晴らしい作品だったこともあり、このまま時代小説から離れてしまうのではないか、という不安を抱えていたのだが、その心配はないようだ。

 泉ゆたかは、『お師匠さま、整いました!』で第11回小説現代長編新人賞を受賞してデビューし、二作目で『髪結百花』(KADOKAWA)という名作を世に送り出した、時代小説界期待の書き手である。

『お師匠さま、整いました!』では、夫の死により寺子屋の師匠を引き受けた若き女師匠と、寺子屋一の秀才の女児、そして大人になりもう一度学び直しがしたいという女性三人を中心に、「学び」とは何かを描いた爽やかな作品だった。

『髪結百花』は、夫を遊女に寝取られた過去を背負い、母の後を継いだ新米髪結の梅の成長を、吉原の遊女の生き様と母と娘の複雑な関係性を情感深く描くことで、濃密な人間関係が織り交った物語にまとめ上げた。未読の方には、ぜひお読みいただきたい名作である。

 時代やテーマは違えど、ここまで泉ゆたかは働く人を描き続けてきた。それは、特別な職業を紹介するというスタンスではなく、「働くことの意味」と向き合うことを作家としてのベースに据えているからなのではないか、と僕は考えている。

 最新刊『江戸のおんな大工』(KADOKAWA)は、そんな著者の想いをしっかりと感じることができる作品だった。

 幼いころから父親の背に隠れながら作事現場に出入りして大工仕事を覚えた、江戸城小普請方の柏木家の娘である18歳の峰と、三つ下の弟で柏木家の跡取りである門作の、二人の姉弟を中心とした江戸の大工の姿を描いている。

 書物ばかり読んでいて仕事に身が入らない門作とは違い、大工仕事に打ち込みたい峰は、叔父が見合い話を持ち掛けてきたのをきっかけに家を出て、乳母・芳の夫で、神田横大工町で普請仕事の請負や人足の手配を行う与吉の家に身を寄せ、おんな大工として自分の腕一本で生きていく道を選ぶ。

 男社会の大工の世界で、様々な現場で巻き起こる出来事を通じ、技術だけではなく大工としての心を学んでゆく峰とは対照的に、門作は自分の進むべき道に悩み、迷走し続ける日々を過ごしていた。そんな中、書物を読むことで己の心の内とだけ向き合うことをしてきた門作は、ある出来事を通じ、人のために生きることの大切さを知り、考えを変えてゆくのだった。

 江戸の町の片隅で行われた普請を通じ、働くことの意味を感じることができる物語だった。ぜひ、門作の決断と共に、皆様にも読んで感じていただきたい。

新潮社 小説新潮
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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