[本の森 恋愛・青春]『風よ あらしよ』村山由佳/『pray human』 崔実

レビュー

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風よ あらしよ

『風よ あらしよ』

著者
村山 由佳 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717228
発売日
2020/09/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

pray human

『pray human』

著者
崔 実 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065202050
発売日
2020/09/30
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『風よ あらしよ』村山由佳/『pray human』 崔実

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 過剰なほどドラマティックな人生を駆け抜けたアナキスト・伊藤野枝を、村山由佳氏が書く。絶妙な組み合わせにときめいた。著者初の評伝小説「風よ あらしよ」(集英社)は、今こそ読むべき作品である。

 野心と向学心に満ちあふれた少女・ノエ(野枝)は、福岡の貧しい村での暮らしに不満を抱き、裕福な叔父に懇願して東京の女学校に進学する。恩人である叔父に結婚相手を決められるが受け入れられず、女学校の恩師で初恋相手の辻潤のもとに出奔する。雑誌「青鞜」に感銘を受けた野枝は、尊敬する平塚らいてうのもとでその才能を開花させていく。気性が激しく、わがままで図々しく、清潔感がなく野暮ったい。だが、野心と情熱、野生動物のような美しさを武器に、周囲の人を巻き込み、自分の思うままに生きようともがく野枝が鮮やかで魅力的だ。

 アナキスト・大杉栄と出会った野枝は、彼の提唱する「自由恋愛」に巻き込まれていく。妻である保子、新聞記者で後に大杉を刺してしまう神近市子、そして野枝。独特の吸引力のある大杉に惹かれ、その身勝手な論理に翻弄される三人の女の嫉妬とプライドと激しい感情の描写が、真に迫っていてゾクゾクする。大杉と共に生きる決意をした野枝は、貧しく不安な暮らしの中で、子を生み育てながら、愛とアナキストとしての活動に身を投じていく。

 村山由佳氏の描く野枝は、ただ破天荒でパワフルなだけではなく、自分の欲望に対しても信ずるものに対しても、嘘のつけない正直な女性である。時代の閉塞感や慣習に決して押しつぶされないその姿は、はるかに生きやすくなったはずの世界にいる私たちに、様々な問いを真っ直ぐに力いっぱい投げつけてくるようだ。

 鮮烈な印象を残したデビュー作「ジニのパズル」(講談社)から約四年、崔実氏の第二作「プレイヒューマン」(講談社)が刊行された。主人公は、初めて刊行した小説が芥川賞候補になった新人作家だ。精神病院に入院していた十代の頃に、同じ病棟にいた患者・安城さんから突然の連絡が来る。古参の問題患者だった安城さんだが、今は精神病院にはおらず、白血病治療のために入院していた。主人公は、憎まれ口ばかりを叩く安城さんのもとに通い、入院当時の思い出や、誰にも語らなかった過去の記憶を、少しずつ語り出す。

 お互いの繊細さをそっと労り合うような患者たちの関係、美しく豊かな心を持った「君」のこと、そして封印していた親友との思い出と、少女時代に受けた傷。文章から血が流れ出してくるようで、読んでいて苦しかった。心に受けた傷は、表面が治ったように見えていても、内側に細かいひびのように残り続ける。壊れやすい心を抱えて私たちは生きているのだということ、自分の中にも消すことのできない痛みがあることを、思わずにはいられなかった。

新潮社 小説新潮
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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