猛者たちの思いが伝わる本物の空手家の本物の一代記

レビュー

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力石徹のモデルになった男

『力石徹のモデルになった男』

著者
森合 正範 [著]
出版社
東京新聞(中日新聞東京本社)
ジャンル
芸術・生活/体育・スポーツ
ISBN
9784808310462
発売日
2020/08/27
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

猛者たちの思いが伝わる本物の空手家の本物の一代記

[レビュアー] 増田俊也(小説家)

 北海道大学柔道部を引退後、私は24歳で大学を中退して北海タイムス社という地方紙に身を置いた。30年前のことである。26歳時に中日新聞社へ移り名古屋本社中日スポーツ総局に配属された。そのときトーチュウ(東京中日スポーツ総局)の記者に憧れの山崎照朝先生がいた。名古屋に来たときに走っていって挨拶し、握手してもらった。

 今回、その山崎照朝先生の評伝を書いたのは中日新聞社で山崎先生の謦咳に触れ続けてきた森合正範記者(現在東京新聞運動部)である。身内が身内を書いた本なので最初はあまり期待せずに開いたのだが、驚天動地の面白さに徹夜で読み終えた。山崎先生といえば空手は強いがハンサムで優しい細面の紳士というイメージがあった。しかしこの本を読むと驚くような話が次々出てくる。真樹日佐夫先生との電話で喧嘩を売り、家まで乗り込んできた梶原兄弟に一歩も引かない。添野義二先生と揉めた大山倍達先生に「どっちに付く」と聞かれ「中立です」と答え「出ていけ!」と怒鳴られる。そして筋を通さない先輩よりもヤクザに対して義を守る。

 ページをめくるたびに私が知らなかった山崎先生の男ぶりや極真の様々なエピソードが抑制された筆で立ち上る。極真関連の本は多くの元選手が書いており、私はそのほとんどに目を通している。しかし今回この評伝で山崎先生から見た別角度の景色が拡がった。その景色のなかで大山倍達先生や芦原英幸先生などの別の魅力を知った。森合記者は誰に対しても太鼓持ちをしたりはしない。山崎先生に対してもだ。だからこそ、かつての猛者たちの深い思いがストレートに伝わってくる。これは千年後の武道史に屹立する本物の空手家の本物の一代記である。

 私は秋馬謙信という極真空手家を『北海タイムス物語』(新潮文庫)に書いた。そのモデルになった先輩と毎夜ススキノで飲みながら「空手と柔道はどちらが強いか」を議論した。第1回UFC開催(1993年)前でグレイシー柔術も見ぬ時代だ。ある日「実際にやってみよう」ということになった。

 昼、社の屋上で私がボクシングのサウスポースタイルに構えると、秋馬先輩は両手を前に出して後屈立ちになった。「山崎照朝の前羽の構えだ」とすぐにわかった。結果、私は上段廻し蹴りを顔面に食らって倒された。

 普段なら最後に敬称略と書く。しかしとてもそんなことはできない。久しぶりに本を読んで泣いた。重い前蹴りのようにズシンと腹にこたえる読書だった。

新潮社 週刊新潮
2020年10月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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