アメリカ中西部の底辺で生きるヒスパニック系の人々を描く短編集

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サブリナとコリーナ

『サブリナとコリーナ』

著者
カリ・ファハルド=アンスタイン [著]/小竹 由美子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901677
発売日
2020/08/27
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

アメリカ中西部の底辺で生きるヒスパニック系の人々を描く短編集

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

「ブラック・ライブズ・マター」運動により人種差別問題に関心が高まったが、本書が描くのはアメリカ中西部のヒスパニック系、チカーノと呼ばれる人々だ。代々アメリカに暮らしており、その意味で先祖がアフリカから来た黒人に近いが、舞台のコロラド州デンバーでは、急速に再開発が進んで、彼らのコミュニティーが失われつつあるという。

 本書はこのように土地とそこに暮らす人について多くのことを教えるが、それが小説として書かれた意味は何だろう。

「ガラパゴ」は不慮の事態により十九歳の少年を殺してしまった老女の話だ。犯罪多発地域で、これまでも何度か強盗に入られ、いまや盗る価値のあるものは何ひとつない。鉢合わせしたとき、相手が逃げると思ったが、襲ってこようとしたので撃ってしまった。

 いろんな所得水準が混じり合っているのでこういうことが起きる、完全に再開発されたら状況は落ち着くだろう、と警察は言う。ずっとひどいことしか目撃してこなかった老女はその言葉を信じないが、若い男の命を老いた命と引き換えにしたことを悔やむ。「こんな年になってさえ、死ぬよりは生きたいと自分が思ったことを、彼女は恥じていた」。

 表題作「サブリナとコリーナ」も生の無残さを描きだす。サブリナは生まれる前に家を出ていった白人の父親の血を引き、黒髪なのに瞳はブルーの超美人。その彼女が自殺する。白人男から表面的な関心を浴び、玩(もてあそ)ばれるうちに、自分がだれだかわからなくなったサブリナ。

 どの短編からも、社会に価値を低く見積もられてきた女たちの「芯のところにある悲しみ」が蜜のように流れだす。それは、女に限らず、社会の底辺といわれる場所で蠢いてきたすべての人々が背負ってきた悲しみにも通じる。日本にいるだれかのものかもしれない、そんな想像に導く普遍的な力を秘めた十一編。

新潮社 週刊新潮
2020年10月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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