曲折辿った“問題小説” ため息を誘う美麗な映像に〈あの映画 この原作〉

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キャロル

『キャロル』

著者
パトリシア・ハイスミス [著]/柿沼 瑛子 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309464169
発売日
2015/12/08
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

曲折辿った“問題小説” ため息を誘う美麗な映像に〈あの映画 この原作〉

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 美しい映画『キャロル』。原作者は『太陽がいっぱい』などのリプリーシリーズやヒッチコックが映画化した『見知らぬ乗客』のパトリシア・ハイスミス。だが、同性愛を扱った内容に大手出版社が拒否反応を示したため、1952年に小さな出版社から、作家の名声を守るために別の著者名で刊行された。そして、40年後にようやくハイスミス自身の名で復刊された恋愛小説である。

 NYのデパートのおもちゃ売り場で働く19歳のテレーズは、娘へのクリスマスプレゼントを買いに来た美しい人妻キャロルと恋に落ちる。恋人のいるテレーズと年上のキャロルが結ばれ、別れ、再会するまでを、ハイスミスは節度ある、格調高い文章で綴っていく。

 一方、映画は二人の恋愛を美しい台詞と映像で描く。ゴージャスな毛皮のコート、しなやかな革手袋、真っ赤な口紅とマニキュア。キャロルを演じるケイト・ブランシェットは、50年代NYの富裕層マダムらしい洗練されたファッションとエレガントな身のこなしや話し方で、ため息の出るような美しさ。テレーズ役のルーニー・マーラは、同性愛への戸惑い、愛の喜びや不安に揺れ動く若い女性の感情を繊細に表現。

 初めてキャロルの邸を訪れたテレーズがピアノを弾くシーンがある。原作ではスカルラッティのソナタを弾くのだが、映画ではジャズの名曲“EASY LIVING”。「気ままな暮らし」という邦題(ダサい!)のこの曲、「あなたのために生きるのは素敵なこと。あなたが愛してくれるから、あなたのために何でもできるの。たとえ世間がわかってくれなくても」というラブソング。二人のこれからを暗示するような洒落た選曲が憎い。

 美しい物語を美しい二人が演じたのだから、私たちはうっとりと映画に身を委ねればいい。トッド・ヘインズ監督のセンスが光るのはラストだろう。原作は「テレーズはまっすぐキャロルに歩み寄った」の1行で終わるが、映画はその2行前で終わる。テレーズに気付くキャロル、「やがてその顔にゆっくりと笑みが広がっていった」。

 ラストシーンは、笑みが始まる瞬間のキャロルの顔。余韻も美しい……。

新潮社 週刊新潮
2020年10月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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