村岡俊也著「新橋パラダイス」
[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)
東京・新橋駅の近くに、二つのビルがある。新橋駅前ビルとニュー新橋ビル、いずれも戦後の闇市に端を発する歴史あるビルだ。竣工(しゅんこう)から半世紀ほど経(た)った今、いずれも再開発が計画されている。
ニュー新橋ビルの地下にはゲームセンターがある。扉の隙間から、休憩室の様子が覗(のぞ)く。白髪の混じる従業員の姿に年季を感じる。きっとこのゲームセンターにも長い歴史があるのだろう――そんな印象を抱いたとしても、わたしたちはそのまま立ち去ってしまう。だが、著者は扉の向こうに佇(たたず)む店主たちに話しかけ、ビルの中で紡がれてきた日々を書き記す。ジューススタンドに金券ショップ、洋食屋にマッサージ店。戦後のにおいが残るビルを、魔窟として仰々しく書き立てるのでなく、土地に流れてきた時間を、そこに暮らしてきた人たちの言葉を、著者はやさしく掬(すく)い取る。ビルが解体されたあと、ここに綴(つづ)られた人たちはどこへ行くのだろう。(文芸春秋、1600円)