世界に続く道 IAEA事務局長回顧録 天野之弥著
[レビュアー] 稲野和利(ふるさと財団理事長)
IAEA(国際原子力機関)事務局長としてイラン核合意など大きな足跡を残しながらも3期目の任期半ばで亡くなった天野之弥氏が生前記した回顧録。幼少期からIAEA事務局長選挙に当選して就任するまでが淡々とした筆致で記されている。典型的なエリートコースを着々と歩んだ人であろうという評者の先入観念は簡単に覆され、“職業人生における個人の進歩”という問題に関して多くの示唆を受ける結果となった。
父の失業・病気から貧しい少年時代を送った著者は努力の末、東大に進学、紆余(うよ)曲折を経て外交官を志し外務省に入省する。与えられた職務に精励するが、昇格は遅れる。入省後20年を経てようやく将来が展望できる科学課長・原子力課長などのポストを歴任することになり、軍縮・不拡散政策の分野を生涯の仕事と見定める。やがてウィーン国際機関日本政府代表部大使に就任、IAEA事務局長選挙での立候補を目指す。
2009年の選挙は本書のハイライトである。まさに「国際どぶ板選挙」だ。長い選挙戦は本選挙での当選が確定せず、やり直し選挙において棄権が1票出たために当選得票数のバーが下がり遂(つい)に当選となる。決着後に3か国の大使がそれぞれ棄権票は自分が投じたと告げに来る件などから、一筋縄ではいかないこの選挙の実態が窺(うかが)える。
様々な組織には、若い時分は集団の中にあって目立たないが、その後着々と努力を重ね自ら学び続けることによって進歩し、やがてはっきり頭角を現してくる人物がいるものである。本書では不遇な時代も含め随所に「この時期に多くのことを学んだ」という記述が出てくるが、それこそが著者が“進歩し続ける人”であった証しなのではないだろうか。著者は志半ばで亡くなったが、本書において多くのものを残した。「これから国際社会に出て行こうとする若い読者から見て、この本が何らかの参考になれば幸いである」という著者の願いが成就してほしいと思う。
◇あまの・ゆきや=1947年生まれ。72年、外務省入省。2009年、IAEA事務局長に就任。19年7月、死去。